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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/4/3 火曜日

「勇気があれば」〜西城秀樹

Filed under: 西城秀樹, 1位獲得曲, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:35:22

「勇気があれば」〜西城秀樹 最高1位2週(ベストテン内12週ランクイン)

西城秀樹さんの「ホップ・ステップ・ジャンプ」に続く、8曲目のザ・ベストテン登場曲です。
そして、西城秀樹さんのザ・ベストテン3曲目の1位を獲得しました。

1979年9月20日に6位で初登場。
最高1位を2週獲得。
10位以内に12週ランクイン。
20位以内に18週ランクイン。
ザ・ベストテン1979年の年間16位でした。

1979/09/13    16位
1979/09/20     6位
1979/09/27     5位
1979/10/04     3位
1979/10/11     2位
1979/10/18     1位
1979/10/25     1位
1979/11/01     2位
1979/11/08     2位
1979/11/15     3位
1979/11/22     4位
1979/11/29     6位
1979/12/06    10位
1979/12/13    12位
1979/12/20    12位
1979/12/27    11位
1980/01/10    13位
1980/01/17    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(30.8万枚)で、年間50位(25.9万枚の売り上げ)でした。
セールス的には、まあまあと言った感じです。

この「勇気があれば」は、バラードな曲で、イメージ的に1978年のシングル「ブルー スカイ ブルー」に近い感じです。
西城秀樹さんのこの曲での衣装は、曲に合わせてブルーとシルバー(ホワイト)のタキシードがメインでした。
叶わぬ恋、未練な恋、そんな詞の内容でした。

レコード大賞では、「ヤングマン(YMCA)」が外国人作曲の為、対象外となり、この「勇気があれば」で金賞(大賞候補10曲)に選ばれました。
大賞は、ジュディ・オングさんの「魅せられて」が獲得し、大賞を争った西城さんがジュディ・オングさんをエスコートして舞台に上がったシーンが印象的でした。
それでも西城秀樹さんは、この1979年が自身の中で最も活躍した年でした。

この曲で、西城秀樹さんはザ・ベストテンにて最後の1位を獲得。
その後もたくさんのヒット曲を出し、ベストテンにも登場しますが、1位には届かず。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/4/2 月曜日

「虹とスニーカーの頃」〜チューリップ

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:48:28

「虹とスニーカーの頃」〜チューリップ 最高4位(ベストテン内10週ランクイン)

財津和夫さん率いる70年代を代表するフォークグループのチューリップのザ・ベストテン初登場曲です。
この「虹とスニーカーの頃」は、今でもチューリップの代表曲として人気のある曲です。

1979年9月20日に7位で初登場。
最高4位までランクを上げ、10位以内に10週。
20位以内に17週ランクインしました。
ザ・ベストテン1979年の年間18位でした。

1979/08/30    19位
1979/09/06    18位
1979/09/13    11位
1979/09/20     7位
1979/09/27     4位
1979/10/04     5位
1979/10/11     5位
1979/10/18     4位
1979/10/25     5位
1979/11/01     5位
1979/11/08     5位
1979/11/15     5位
1979/11/22    10位
1979/11/29    15位
1979/12/06    17位
1979/12/13    18位
1979/12/20    20位

オリコンチャートでは、最高6位(42.5万枚)で、年間35位(32.7万枚の売り上げ)でした。

チューリップは、1973年の「心の旅」が大ヒットし、「銀の指輪」「青春の影」「サボテンの花」等のヒット曲があります。
チューリップのイメージ的には、「心の旅」や「青春の影」、ドラマ「ひとつ屋根の下」の主題歌となった「サボテンの花」の方が印象強いかもしれません。
しかし、この「虹とスニーカーの頃」も90年代以降CMソングとして、何度も起用されて馴染みがあります。

歌詞の出だし、「わがままは男の罪、それを許さないのは女の罪」のインパクトが強く、当時子供心に印象に残ってます。

ザ・ベストテンでは、この「虹とスニーカーの頃」のみランクインしました。
残念ながら、当時は番組への出演はありませんでした。
ザ・ベストテン出演拒否組とも言われてました。

リーダーの財津和夫さんは、1980年にソロとして「WAKE UP」を発表し、オリコン最高3位(45.5万枚)の大ヒットでした。
しかし、ザ・ベストテンでは、最高11位(20位以内9週ランクイン)でした。
「虹とスニーカーの頃」の時に出演拒否した為、ザ・ベストテンのチャートに影響を与えたのかもしれません。

1985年に松任谷由実さんと小田和正さんと共に「今だから」を発表し、再び違う形でザ・ベストテンにランクインします。
残念ながら、この時も出演拒否でした。

財津和夫さんは、その後作曲家として、特に松田聖子さんへの提供曲がヒットしました。
「チェリーブラッサム」「夏の扉」「白いパラソル」「野ばらのエチュード」が有名です。
1990年代には、沢田知可子さんへの提供曲「会いたい」が大ヒットしました。

財津さんは、俳優としてもドラマや映画等に出演し、薬師丸ひろ子さん主演の「メインテーマ」にも出演しています。

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チューリップのプロフィール
財津和夫(ギター、キーボード、ボーカル)
姫野達也(キーボード、ボーカル)
安部俊幸(ギター)
宮城伸一郎(ベース)
上田雅利(ドラムス)

1970年、結成し、地元福岡で人気を博す。
1972年、上京し、「魔法の黄色い靴」でメジャーデビューを飾る。
1973年、「心の旅」が、オリコン1位(51.4万枚)の大ヒット。
1979年、「虹とスニーカーの頃」が大ヒット。
1980年、財津和夫ソロシングル「WAKE UP」が大ヒット。チューリップとしては大きくメンバーチェンジをする。
1989年、チューリップは解散する。
1993年、「サボテンの花」がドラマ「ひとつ屋根の下」の主題歌に起用され、ドラマが空前の高視聴率。チューリップの楽曲が挿入歌にも使われ、再ブレイクする。
1997年に再結成。
2007年、チューリップとして全国ツアーを開催。そして35年に及ぶバンド活動に幕を下ろすと発表された。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/4/1 日曜日

「セクシャル・バイオレットNo.1」〜桑名正博

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1位獲得曲, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:31:40

「セクシャル・バイオレットNo.1」〜桑名正博 最高1位2週(ベストテン内10週ランクイン)

桑名正博さんのザ・ベストテン初登場曲です。
カネボウ化粧品の秋のCMソングとして大ヒットしました。

1979年9月20日に10位で初登場。
10月11日に1位を獲得し、その後西城秀樹さんの「勇気があれば」と山口百恵さんの「しなやかに歌って」に1位を奪われましたが、11月8日に再び1位に返り咲き、計2週1位に輝きました。
10位以内に10週。
20位以内に14週ランクインしました。
ザ・ベストテンの1979年の年間23位でした。

1979/09/13   12位
1979/09/20   10位
1979/09/27     3位
1979/10/04     2位
1979/10/11     1位
1979/10/18     2位
1979/10/25     3位
1979/11/01     4位
1979/11/08     1位
1979/11/15     2位
1979/11/22     8位
1979/11/29    11位
1979/12/06    16位
1979/12/13    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(59.2万枚)で、年間18位でした。

この「セクシャル・バイオレットNo.1」は、松本隆作詞、筒美京平作曲作品でした。
当時、世良公則さんと並んで、歌謡ロックとも言われてました。

ザ・ベストテンには、毎週の様に登場し、スケスケの衣装で歌ってた記憶があります。
髪型は、アフロだった様な!
いかにも70年代と言ったスタイルでした。

桑名正博さんの大きなヒット曲(ベストテンヒット)は、この曲のみですが、他に「哀愁トゥナイト」「サード・レディー」「スコーピオン」等のシングル曲があります。
80年代に入ると、アン・ルイスさんとの結婚と離婚。
その他芸能ニュースを賑わした不祥事と波乱万丈な人生を送りました。
アン・ルイスさんとの間に生まれた美勇士さんは、現在ミュージシャンと俳優で活躍中です。
桑名正博さん自身、その後は映画や舞台に出たり、俳優業でも活動していました。
現在、大阪に拠点を移し、家業の桑名興業を継いで社長となってます。

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桑名正博さんのプロフィール
1953年8月7日生まれ。
1975年、ソロ活動開始。
1977年、「哀愁トゥナイト」で、その名を知られるようになる。
1979年、「セクシャル・バイオレットNo.1」が、カネボウ化粧品キャンペーンソングとして大ヒットする。
1980年、アン・ルイスと結婚。
1981年、長男・美勇士が生まれる。
その後は、映画、ドラマ、舞台などで役者としても活躍。
1984年、離婚する。
2000年、家業の桑名興業社長に就任。

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/3/31 土曜日

「思い過ごしも恋のうち」〜サザンオールスターズ

Filed under: サザンオールスターズ, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:33:22

「思い過ごしも恋のうち」〜サザンオールスターズ 最高4位(ベストテン内4週ランクイン)

サザンオールスターズの「いとしのエリー」に続く、4曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1979年8月30日に8位で初登場。
最高4位で、10位以内に4週。
20位以内に10週ランクイン。
ザ・ベストテンの1979年の年間42位でした。

1979/08/16    14位
1979/08/23    13位
1979/08/30     8位
1979/09/06     4位
1979/09/13     4位
1979/09/20     4位
1979/09/27    11位
1979/10/04    12位
1979/10/11    13位
1979/10/18    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高7位(22.8万枚)で、年間56位でした。
レコードセールス的には、やや地味な印象です。

この「思い過ごしも恋のうち」は、サザンの1979年4月に発売されたアルバム「TEN・ナンバース・からっと」からのシングルカット曲でした。
アルバムの方が先に発売された為、大きなヒットにはなりませんでした。
しかし、アルバムからのシングルカット曲が、ザ・ベストテンにランクインするのは稀で、それだけこの曲の支持が強かった!と言えるかもしれません。

記憶が曖昧ですが、当時この曲は、何かの飲料水のCMソングだった様な気がします。
ザ・ベストテンでも、出演して、この曲を演奏してるサザンオールスターズを覚えてます。
今でもサザンのライブでも、盛り上がる1曲です。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/3/30 金曜日

「新宿みなと町」〜森進一

Filed under: 1979年登場曲, 森進一 — ベストテンマニア:K @ 0:27:38

「新宿みなと町」〜森進一

この「新宿みなと町」が、森進一さんのザ・ベストテン初登場曲です。
演歌歌手3人目の登場です。

1979年8月30日に9位で初登場。
最高9位で、ベストテン内に3週間ランクインした後、一旦圏外にランクを落としましたが、4週後に10位で再登場。
10位以内に計4週。
20位以内に21週ランクインしました。
ザ・ベストテン1979年の年間19位でした。

1979/08/16    19位
1979/08/23    15位
1979/08/30     9位
1979/09/06    10位
1979/09/13     9位
1979/09/20    11位
1979/09/27    13位
1979/10/04    11位
1979/10/11    10位
1979/10/18    11位
1979/10/25    11位
1979/11/01    12位
1979/11/08    12位
1979/11/15    17位
1979/11/22    19位
1979/11/29    18位
1979/12/06    19位
1979/12/13    17位
1979/12/20    17位
1979/12/27    16位
1980/01/10    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高18位(18.3万枚) で、年間74位でした。
レコード売り上げでは、それほども無かったです。

ザ・ベストテンでは、この「新宿みなと町」の登場時、森さんが消防士のスタイルで歌っていた記憶があります。
森さんが1日消防所長だったのか、記憶が定かではありませんが、妙にその消防士スタイルだけが印象に残ってます。

もう一つ、この曲で印象に残ってるのが、この曲のタイトル「新宿みなと町」です。
新宿に港町?
ちょっと不思議でした。
昔、新宿は港があったのか?
海辺だったのか?
未だに真相不明です。

森進一さんは、ザ・ベストテンが開始された1978年以前から大活躍してました。
「盛り場ブルース」「花と蝶」「年上の女」「港町ブルース」「波止場女のブルース」「望郷」「おふくろさん」「冬の旅」「襟裳岬」「さらば友よ」と多数ヒット曲があります。

ベストテンが開始された1978年に「東京物語」(最高16位)、「林檎抄」(最高16位)、「雪よおまえは」(最高20位)。
1979年、「きみよ荒野へ」(最高20位)ときて、この「新宿みなと町」がベストテンに初ランクイン。
1980年、「酒場舟」(最高17位)、「涙きらり」(最高19位)。
そして1983年に「冬のリヴィエラ」で再びザ・ベストテンに登場します。

森進一さんは、吉田拓郎さんや大瀧詠一さん等のニューミュージック系アーチスト作品も多数歌われてます。

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森進一さんのプロフィール
1947年11月18日生まれ。
1965年、テレビのコンテスト歌番組にて優勝し、デビューの切欠となる。
1966年、「女のためいき」でデビューし、多数の曲が大ヒットする。
1968年、第19回NHK紅白歌合戦に初出場する。
1969年、「港町ブルース」がミリオンセラーとなり自己最高セールスを記録する。レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞し、出場2回目にしてこの年の紅白歌合戦のトリを務める。
1974年、吉田拓郎作曲の「襟裳岬」が大ヒットし、日本レコード大賞を受賞する。
1980年、女優の大原麗子と結婚。
1982年、作詞松本隆・作曲大瀧詠一作品の「冬のリヴィエラ」が大ヒット。
1984年に大原麗子と離婚。
1986年9月に森昌子と結婚。
その後、シャ乱Q、谷村新司、井上陽水、長渕剛、ZARDの坂井泉水等の作品を歌い、演歌の枠にとらわれない活動が話題となる。
2005年4月、森昌子と離婚。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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