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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2008/1/20 日曜日

「花梨」〜柏原芳恵

Filed under: 柏原よしえ(芳恵), 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 18:00:23

「花梨」〜柏原芳恵 最高10位(ベストテン内2週ランクイン)

柏原芳恵さんの「あの場所から」に続く、5曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「花梨」からタレント名を柏原よしえから柏原芳恵に変わりました。

1982年11月4日に10位で初登場。
最高10位。
10位以内に2週。
20位以内に8週。
1982年の年間70位。

1982/10/21    14位
1982/10/28    11位
1982/11/04    10位
1982/11/11    10位
1982/11/18    13位
1982/11/25    15位
1982/12/02    15位
1982/12/09    20位

オリコンチャートでは最高10位(18.0万枚)
1982年の年間97位(14.5万枚)

この「花梨」の作詞作曲は、谷村新司さんでした。
柏原芳恵さんは、アイドルらしいポップな曲調よりもフォーク調のタイプの曲が似合ってました。
この「花梨」もそんなイメージ通りの素朴な曲です。
「木綿のハンカチーフ」的な歌詞も魅力でした。

この曲は、柏原芳恵さんの17歳の誕生日に発売されました。
この曲の発売と同時にそれまでの“よしえ”から本名の“芳恵”になりました。
アイドル的なイメージから本格的な歌手を目指しての試みだったとか!
その後ニューミュージック系アーチスト作品の曲がヒットするようになり、中島みゆき作品の「春なのに」「カムフラージュ」「最愛」「ロンリーカナリア」や松山千春作品の「タイニー・メモリー」などがベストテン入りします。

この「花梨」でレコード大賞の金賞(大賞候補10組)に最年少でノミネート。
残念ながら期待されていた紅白歌合戦には不出場でしたが、柏原芳恵さんはこの1982年に5曲をザ・ベストテンにランクインさせ検討しました。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2008/1/14 月曜日

「誘惑スレスレ」〜田原俊彦

Filed under: 1位獲得曲, 田原俊彦, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 16:22:16

「誘惑スレスレ」〜田原俊彦 最高1位1週(ベストテン内10週ランクイン)

田原俊彦さんの「NINJIN娘」に続く、11曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年10月28日に7位で初登場。
最高1位を1週。
10位以内に10週。
20位以内に12週。
1982年の年間27位。

1982/10/28     7位
1982/11/04     3位
1982/11/11     1位
1982/11/18     2位
1982/11/25     2位
1982/12/02     2位
1982/12/09     3位
1982/12/16     5位
1982/12/23     6位
1982/12/30     9位
1983/01/06    14位
1983/01/13    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(38.3万枚)
1982年の年間44位(27.5万枚)

「男は顔じゃないよハートさ、女も顔じゃないよノリだぜ」
この始まりが印象的です。
「誘惑スレスレ」は、ノリの良いダンスミュージック的な曲。
田原俊彦さんのその後のイメージを形作った曲でもあります。

ザ・ベストテンでは「誘惑スレスレ」でザ・ベストテン6曲目の1位を獲得しました。
この曲でレコード大賞と紅白歌合戦に出場。

ザ・ベストテンでの中継で、番組内に出演が間に合わず、番組が終わってから中継場所に集まったファンのために「誘惑スレスレ」を披露したこともありました。
翌週、その時の模様がザ・ベストテン冒頭で流された記憶があります。

田原俊彦さんに取ってこの頃は、少年っぽいイメージから、大人っぽいセクシーなアイドルとしての成長した時期。
曲のダンスもどんどん難易度が高くなり、和製マイケル・ジャクソンとも言われた時期でした。
歌唱力も大分マシ(?)になってきたような?

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2008/1/10 木曜日

「約束」〜渡辺徹

Filed under: 1位獲得曲, 1982年登場曲, 渡辺徹 — ベストテンマニア:K @ 23:24:32

「約束」〜渡辺徹 最高1位4週(ベストテン内14週ランクイン)

俳優としてバラエティでも活躍している渡辺徹さんの初のザ・ベストテン登場曲です。
この「約束」は、CMソングとして当時大ヒットしました。

1982年10月21日に8位で初登場。
最高1位を4週。
10位以内に14週。
20位以内に15週。
1982年の年間15位。
1983年の年間100位圏外。

1982/10/14    14位
1982/10/21     8位
1982/10/28     6位
1982/11/04     4位
1982/11/11     3位
1982/11/18     1位
1982/11/25     1位
1982/12/02     1位
1982/12/09     1位
1982/12/16     2位
1982/12/23     3位
1982/12/30     3位
1983/01/06     4位
1983/01/13     4位
1983/01/20    10位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(54.3万枚)
1982年の年間33位(31.7万枚)
1983年の年間55位(22.6万枚)

渡辺徹 さんは、当時痩せていて二枚目俳優として「太陽にほえろ」に出演し大変人気がありました。
ブロマイドのセールスも男性陣ではたのきんトリオに迫るものがありました。
その最中に渡辺徹さんは歌手として「彼・ライバル」でデビューしました。
「約束」は、2曲目のシングルでした。
当時は、アイドル的にこの「約束」が大ヒット!
ザ・ベストテンでも1位を獲得し、14週とロングセラーを記録!
しかし、この曲がヒットしている最中に渡辺徹さんは激太り!
翌1983年には今の様な体型となり、アイドルとしては残念ながら失敗(?)に終わりました!(笑)

この「約束」は、小泉今日子と共演したグリコのCMソングとして大ヒットしました。
当初は、爽やかなイメージで女性からも人気が高かったです。
その反面、ザ・ベストテン等、音楽番組に出演することが多くなったことで、その三枚目的な発言やコミカルな一面が話題に!
爽やかイメージからコミカルなイメージへ、あっと言う間に転換され、体型もあっと言う間に変貌しお笑い系に!
この様な例は本当に珍しいことです。

「約束」ですが、青春をテーマにした硬派な曲でした。
この曲を歌う渡辺徹さんは、当時は本当に曲にイメージとピッタリでした。
ジャニーズ系と違った大人の雰囲気もありました。
そのまま地を出さず、体型も維持してたら今が違ってたかもしれません。(笑)

渡辺徹さんは、この曲のヒット中に3曲目のシングル「愛の中へ」もヒットし、2曲同時のベストテン入りを記録しました。
その2曲がザ・ベストテンランクイン曲です。
その他「AGAIN」「瞳・シリアス」「気になるあいつ」などのシングル曲があります。

そして1987年に榊原郁恵さんと結婚されました。

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渡辺徹さんのプロフィール
1961年、5月12日生まれ。
1980年、文学座附属演劇研究所に入所、翌年、同研究所を卒業して文学座研究生となる。
1981年、人気テレビドラマ「太陽にほえろ!」のラガー刑事役で俳優デビュー。
1982年、「彼・ライバル」で歌手デビュー。2曲目のシングル「約束」がグリコ・アーモンドチョコレートのCMソングとなり大ヒットを記録。 続く「愛の中へ」もヒットする。
1983年、映画「夜明けのランナー」 で映画デビュー。
1984年、ドラマ「風の中のあいつ」に主演。
1985年、ドラマ「気になるあいつ」に主演。
1987年、榊原郁恵と結婚。
現在も俳優として、タレントとして活躍中。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2008/1/6 日曜日

「ひとり街角」〜小泉今日子

Filed under: 1982年登場曲, 小泉今日子 — ベストテンマニア:K @ 23:23:07

「ひとり街角」〜小泉今日子 最高10位(ベストテン内1週ランクイン)

キョンキョンこと小泉今日子さんの初のザ・ベストテン登場曲です。
80年代を代表するアイドルでした。

1982年10月21日に10位で初登場。
最高10位。
10位以内に1週。
20位以内に8週。
1982年の年間67位。

1982/10/14    15位
1982/10/21    10位
1982/10/28    12位
1982/11/04    11位
1982/11/11    12位
1982/11/18    14位
1982/11/25    18位
1982/12/02    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高13位(15.4万枚)
1982年の年間100位圏外。

小泉今日子さんは、中森明菜さんと同様に「スター誕生」でグランドチャンピオンに輝き、1982年3月に「私の16才」でデビューしました。
そのデビュー曲の「私の16才」がザ・ベストテンでは最高15位にランクイン。
続く「素敵なラブリーボーイ」が最高17位にランクイン。
そして3曲目のシングル「ひとり街角」で初のベストテン入りを果たしました。

それまでの2曲は確かカバー曲で、この「ひとり街角」が小泉今日子さんに取って初めてのオリジナルシングルです。
サビの部分が「揺れる、揺れる、揺れる街角」とあり、当初「揺れる街角」とタイトルを間違われることも多かったです。

当時の音楽賞レースの下馬評では、小泉今日子さんの評価がやたらと高かったのが印象的でした。
夏に行われた日本テレビ音楽祭で、先輩格の松本伊代さんを抑えて最優秀新人賞を受賞したことが要因でしょう。
最優秀新人賞当確との噂もありましたが、蓋を開けてみると意外にいろんな音楽祭でノミネートも外されることもありました。
特にレコード大賞では、ノミネート確実とされてましたが、堀ちえみさんに僅か1票で破れ新人賞5枠から中森明菜さんと共に外されてしまい、これが当時大きな話題を呼んだものです。
所属事務所関係との噂もありましたが!
これを機に小泉今日子さんは、翌年から音楽祭の賞レースとは、ほとんど無縁になります。
デビュー2年目以降ヒット曲を次々に送り出しますが、賞とは無関係でした。
1983年のレコード大賞ゴールデンアイドル賞と1984年の日本テレビ音楽祭のトップアイドル賞を受賞したくらいです。
(↑の2回とも会場に現れ、曲を披露したので、賞自体を辞退していないらしいですが)
そして、1991年の大ヒット曲「あなたに会えてよかった」ではレコード大賞作詞賞を受賞しました。
(この時は会場に現れなかった様な!記憶が曖昧ですが!)

小泉今日子さんは当時16才で、当時からキョンキョン(KYON2)の相性で人気がありました。
1982年組アイドルの中では、中森明菜さんとライバル的な存在でした。
この頃の小泉今日子さんは、ごくごく普通の新人アイドル歌手でしたが、その後少しずつ変貌を遂げ衣装やパフォーマンスにも拘りを見せる様になりオリジナルなアイドルとして確立されていくます。
その辺りが、他のアイドルとの差別化に成功した様な感じですね。
当時からCMの女王と呼ばれ、小泉今日子さん出演CMは全て大ヒット商品になるとの噂も話題になりました。

ザ・ベストテンでは1983年次のシングル「春風の誘惑」は最高11位。
そして「まっ赤な女の子」で再びベストテン入りします。
小泉今日子さんは「ひとり街角」「まっ赤な女の子」「半分少女」「艶姿ナミダ娘」「クライマックス御一緒に」(あんみつ姫名義)、「渚のはいから人魚」「迷宮のアンドローラ」「ヤマトナデシコ七変化」「スターダスト・メモリー」「常夏娘」「魔女」「なんてったってアイドル」「100%男女交際」「夜明けのMEW」「木枯しに抱かれて」「水のルージュ」「スマイル・アゲイン」「キスを止めないで」「GOOD MORNING−CALL」「怪盗ルビイ」「Fade Out」と計21曲ランクインしました。

「迷宮のアンドローラ」「ヤマトナデシコ七変化」「なんてったってアイドル」「木枯しに抱かれて」の4曲1位獲得。
その他1985年の12インチシングルの「ハートブレイカー」がヒットしましたがザ・ベストテンでは最高18位でした。

ザ・ベストテン終了後、「学園天国」「見逃してくれよ!」「La La La・・・」「丘を越えて」「あなたに会えてよかった」「自分を見つめて」「優しい雨」「My Sweet Home」「月ひとしずく」「BEAUTIFUL GIRLS」「オトコのコ オンナのコ」とシングルを発表し、ヒットしました。
小泉今日子さんは、80年代ももちろん大活躍しましたが、シングルヒットとなるとむしろ90年代にミリオンヒットを出したり、ザ・ベストテン終了後の方がセールス的には成功しました。
「あなたに会えてよかった」では105万枚の大ヒットで、初の女性ソロアイドル歌手のミリオンセラーを記録しました。

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小泉今日子さんのプロフィール
1966年、2月4日生まれ。
1981年、スター誕生で石野真子「彼が初恋」を歌いグランドチャンピオンに輝く。
1982年、3月「私の16才」でデビュー。「素敵なラブリーボーイ」で日本テレビ音楽祭で最優秀新人賞を獲得。映画「十階のモスキート 」でカメオ出演。NHK大河ドラマ「峠の群像」に出演する。
1983年、「まっ赤な女の子」「半分少女」「艶姿ナミダ娘」と立て続けにヒットし、レコード大賞ゴールデンアイドル賞を受賞。
1984年、「渚のハイから人魚」で初のオリコン1位を獲得。KYON2名義で「ヤマトナデシコ七変化」の12インチシングルを発表。紅白歌合戦初出場。映画「生徒諸君! 」で映画初主演。この頃から普通のアイドルから独自のカラーを出しアーチスト的なアイドルとして大活躍する。
1985年、主演ドラマ「少女に何が起ったか」が話題になる。シングル「なんてったってアイドル」のタイトルを一般公募で決定し、この曲が自身のターニングポイントとなり、この曲での紅白歌合戦の衣装が大きな話題になる
1986年、「木枯しに抱かれて」がロングヒットを記録。
1987年、CMの女王としてピークの年で数多く出演する。
1988年、シングル「GOOD MORNING−CALL」で初の自身による作詞を手がける。映画「怪盗ルビイ」に主演する。
1989年、シングル「Fade Out」とアルバム「KOIZUMI IN THE HOUSE」でハウスミュージックを取り入れアーチスト的な活動が話題となる。フィンガー5のカバー曲「学園天国」が大ヒットする。紅白歌合戦に落選し話題になる。
1991年、シングル「La La La・・・」以降、全て自身による作詞作品を手がける。
1991年、主演のTBSドラマ「パパとなっちゃん」の主題歌「あなたに会えてよかった」がミリオンヒットを記録。レコード大賞作詞賞を受賞。紅白歌合戦の司会の依頼を断り、歌手としての出場も辞退する。
1992年、主演ドラマ「あなただけ見えない 」が話題になる。その他テレビに出演しなくなったことが要因か、キョンキョン・エイズ説が巻き起こる。
1993年、主演ドラマ「愛するということ」の主題歌「優しい雨」が95万枚の大ヒットを記録。
1994年、「My Sweet Home」「月ひとしずく」が共にドラマ主題歌としてヒット。
1995年、人気俳優の永瀬正敏と結婚発表し大きな話題になる。
1997年、演劇「紙のドレスを燃やす夜」で舞台初出演する。
1998年、映画「踊る大捜査線 THE MOVIE」でのサイコ的なキャラクターを演じ大きな話題になる。
2001年、映画「風花」に主演する。
2003年、NHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」に出演。
2004年、離婚する。
2006年、主演舞台「労働者M」が話題になる。
2007年、デビュー25周年としてベストアルバム「K25〜KYOKO KOIZUMI ALL TIME BEST〜」を発表する。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2008/1/3 木曜日

「ホレたぜ!乾杯」〜近藤真彦

Filed under: 1位獲得曲, 近藤真彦, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:18:57

「ホレたぜ!乾杯」〜近藤真彦 最高1位2週(ベストテン内12週ランクイン)

近藤真彦さんの「ハイティーン・ブギ」に続く、8曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年10月14日に7位で初登場。
最高1位を2週。
10位以内に12週。
20位以内に15週。
1982年の年間16位。

1982/10/14     7位
1982/10/21     3位
1982/10/28     1位
1982/11/04     1位
1982/11/11     2位
1982/11/18     3位
1982/11/25     4位
1982/12/02     4位
1982/12/09     6位
1982/12/16     7位
1982/12/23     8位
1982/12/30     8位
1983/01/06    11位
1983/01/13    11位
1983/01/20    15位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(50.2万枚)
1982年の年間26位(37.4万枚)
1983年の年間99位(12.8万枚)

この頃の近藤真彦さんは、アイドルとして頂点の人気を誇り、1982年はシングル4曲の全てが1位を獲得し、その4曲全ては大ヒット!
2年連続ザ・ベストテン年間10位以内に3曲をチャートインさせました。
この「ホレたぜ!乾杯」も50万枚の大ヒット!
この曲でレコード大賞のゴールデンアイドル賞を受賞し、紅白歌合戦に2回目の出場!

この「ホレたぜ!乾杯」は、「ふられてBANZAI」とタイトルが似てて、曲調もなんとなく似ているような印象です。
とにかくインパクトを重視し、ツッパリ・マッチのイメージそのもの!
ハードに歌う近藤真彦さんが印象的でした。

確かこの曲の時に視聴者からのリクエストにより、視聴者の修学旅行先に近藤真彦さんが秘密で訪れ、突然現れてこの「ホレたぜ!乾杯」を歌った記憶があります。
当時、ザ・ベストテンはこの様な企画演出がありました。
今では、考えられないかもしれません。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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