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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/10/23 火曜日

「い・け・な・いルージュマジック」〜忌野清志郎+坂本龍一

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:36:15

「い・け・な・いルージュマジック」〜忌野清志郎+坂本龍一 最高3位(ベストテン内7週ランクイン)

忌野清志郎さんと坂本龍一さんによる異色のユニット!
この「い・け・な・いルージュマジック」でザ・ベストテン初登場!

1982年3月18日に8位で初登場。
最高3位。
10位以内に7週。
20位以内に11週。
1982年の年間40位。

1982/03/04    19位
1982/03/11    16位
1982/03/18     8位
1982/03/25     6位
1982/04/01     5位
1982/04/08     4位
1982/04/15     3位
1982/04/22     5位
1982/04/29     6位
1982/05/06    12位
1982/05/13    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(41.3万枚)
1982年の年間20位。

「い・け・な・いルージュマジック」は、1982年春の資生堂のキャンペーンソングとして、当時CMでガンガン流れました。
化粧品のタイアップは、当時のヒット曲の定番でもありました。
忌野清志郎さんと坂本龍一さんの異色のコラボレーションが当時大きな話題になり、この曲は大ヒット!
オリコンチャートでは、最高1位を記録。

忌野清志郎さんと言えば、当時は人気バンドのRCサクセションです。
「スローバラード」「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」辺りが代表曲です。
この頃は、まだマニアックな存在で、この「い・け・な・いルージュマジック」のヒットで一躍世に知られる存在となった様な気がします。
RCサクセションは、この直後に急激にブレイクし、同じ年の夏「サマーツアー」でザ・ベストテンに登場します。
そのRCサクセションの忌野清志郎さんが坂本龍一さんと初ユニットを組みました。

坂本龍一さんと言えば、当時はYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)が大ブームでした。
YMO(イエローマジックオーケストラ)は、80年代を代表するテクノバンド!
「テクノポリス」「ライディーン」など当時新しいテクノブームを作り上げた大きな存在です。
世界的にも有名ですね。
坂本龍一さんは、矢野顕子さんの「春先小紅」で、ザ・ベストテンにバックバンドとして登場済みです。
1983年には、YMOとして「君に、胸キュン。」が大ヒットし、ザ・ベストテンに登場します。

そんな二人のユニットが、1982年の春に大ヒット曲を発表!
「い・け・な・いルージュマジック」は、その斬新な曲と二人のPVが話題にもなりました。
PVでは、忌野清志郎さんと坂本龍一さんが札束を撒き散らしたり、二人でキスしたり、やりたい放題!

ザ・ベストテンにも1度だけ登場し、エキセントリックな演奏とパフォーマンスを披露!
特に忌野清志郎さんの弾けっぷりには、当時テレビを見ていた人たちは驚いたのでは?
登場直後の完全に舐めた様な態度には、当時驚かされました!
それに比べて坂本龍一さんは、おとなしく、いたってクール!
二人の対照的な登場に見ている方は引き込まれたに違いありません。

このユニットは、企画物で1度だけでした。
今考えても斬新なユニットです。

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忌野清志郎さんのプロフィール
1951年、4月2日生まれ。
1970年、RCサクセションとしてオムニバス盤に収録された「泥だらけの海」でデビューし、直後にシングル「宝くじは買わない」で単独デビュー。
1972年、シングル「ぼくの好きな先生」が話題になる。
1973年、井上陽水の「帰れない二人」を競作する。
1976年、シングル「スローバラード」が話題になり、アルバム「シングルマン」がマニアの間で名盤と言われるがヒットせずに廃盤になる。
1980年、「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」などがヒットし、人気を得る。
1982年、坂本龍一とユニットを組み「い・け・な・いルージュマジック」が資生堂のキャンペーンソングとして大ヒットする。直後RCサクセションとして「サマーツアー」が大ヒットする。
1988年、反戦・反核をテーマにしたカバーアルバム「COVERS」とシングル「ラブミー・テンダー」が急遽発売中止になるが、レコード会社を移籍して発売し大ヒットとなる。
1989年、ザ・タイマーズとして極秘プロジェクト開始。カップヌードルのCMソングとして「デイドリーム・ビリーバー」が大ヒットする。フジテレビの「ヒットスタジオR&N」にて、予定外の「FM東京のうた」(放送禁止の抗議の歌)を演奏し、FM東京事件として大きな話題になる。
1990年、RCサクセションは解散する。
以降、ソロとして活躍。
映画やテレビドラマにも出演し、活動の場を広げる。
1999年に、ロック風にアレンジされた「君が代」を収録したアルバム「冬の十字架」が、発売禁止になり、その後インディーズレーベルから発売された。
2006年7月13日、喉頭癌であることを発表。
2007年4月、ブルーノート東京でのザ・ブルースブラザーズ・バンドの来日公演において、サプライズゲストとして参加する。

坂本龍一さんのプロフィール
1952年、1月17日生まれ。
1975年、東京芸術大学院在学中にスタジオミュージシャンとしての音楽活動を開始。
その後、山下達郎や大瀧詠一、中島みゆきのアルバム制作に参加。
1978年、細野晴臣、高橋幸宏とともにYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を結成する。アルバム「千のナイフ」でソロデビューを果たす。
1979年、YMOとして世界的活動する。
1980年、アルバム「イエロー・マジック・オーケストラ」と「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」が大ヒットを記録。テクノブームを作り上げる。ワールドツアーを実施する。
1981年、NHK-FMにて「サウンドストリート」のパーソナリティを務める。
1982年、忌野清志郎とユニットを組んで「い・け・な・いルージュマジック」を発売し大ヒットする。
1983年、大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」では音楽を担当し、俳優として出演し大きな話題になる。YMOとして「君に、胸キュン。」がカネボウ化粧品の夏のキャンペーンソングになり大ヒットする。暮れにYMOは「散開」(解散)する。
1984年、矢野顕子らとMIDIレコードを設立。
1987年、世界的に有名なベルナルド・ベルトルッチ監督映画「ラストエンペラー」の音楽をデイヴィッド・バーン(トーキング・へっず)、コン・スーと共に担当しアカデミー賞の作曲賞を受賞する。俳優として甘粕正彦満映理事長役で出演する。
1993年、YMO「再生」(再結成)し東京ドームにて2日間だけのライブを行う。
1995年、ダウンタウンの変名音楽ユニット「GEISHA GIRLS」をプロデュース。
1999年、ピアノソロ曲「エナジー・フロー」を収録したマキシシングル「ウラBTTB」がミリオンセラーを記録。
以降も世界的なミュージシャンとして、更に文化人として大活躍を続けている。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/10/21 日曜日

「恋人たちのキャフェテラス」〜柏原よしえ

Filed under: 柏原よしえ(芳恵), 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:25:49

「恋人たちのキャフェテラス」〜柏原よしえ 最高8位(ベストテン内4週ランクイン)

柏原よしえ(芳恵)さんの「ハロー・グッバイ」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年3月18日に10位で初登場。
最高8位。
10位以内に4週。
20位以内に9週。
1982年の年間57位。

1982/02/25    14位
1982/03/04    12位
1982/03/11    11位
1982/03/18    10位
1982/03/25     8位
1982/04/01    10位
1982/04/08    10位
1982/04/15    17位
1982/04/22    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高9位(19.4万枚)
1982年の年間72位。

この「恋人たちのキャフェテラス」 は、柏原よしえ(芳恵)さんの前作「ハロー・グッバイ」と似たイメージのある曲でした。
場面設定がカフェテラスと喫茶店!
前作のイメージから、あまり外れないように配慮したのか?不明です。

「あなたの胸に、ホップ・ステップ・ジャンプ」
このフレーズが印象的です。

作詞が三浦徳子さん。(この頃、この方の作詞曲が多かったです)
作曲が小泉まさみさん。(確か庄野真代さんの旦那さんだったような!)

柏原よしえ(芳恵)さんにとって2曲目のヒット曲で、ザ・ベストテン登場曲。
2曲目がヒットするかしないかは、実は大きな分かれ目です。
この頃のアイドル歌手は、1曲が大ヒットしても2曲目で躓くと高い確率でベストテンとは縁が無くなることが多かったです。
(もちろん例外はあります!)
柏原よしえ(芳恵)さんは、河合奈保子さんと並んで毎回シングルを出す度に必ずと言って良いほどベストテン入りしました。
1位には縁が無かったものの、長期に渡って10位付近には必ず顔を出す存在に!
わずか2年の間に10曲連続ベストテン入りを果たすなど、準レギュラー的存在でした。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/10/20 土曜日

「チャコの海岸物語」〜サザンオールスターズ

Filed under: 1位獲得曲, サザンオールスターズ, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:51:10

「チャコの海岸物語」〜サザンオールスターズ 最高1位2週(ベストテン内12週ランクイン)

サザンオールスターズの「C調言葉に御用心」に続く、6曲目のザ・ベストテン登場曲です。
サザンオールスターズは、実に2年2ヶ月振りの登場でした。

1982年3月4日に9位で初登場。
最高1位を2週。
10位以内に12週。
20位以内に16週。
1982年の年間5位。

1982/02/18    20位
1982/02/25    15位
1982/03/04     9位
1982/03/11     6位
1982/03/18     3位
1982/03/25     2位
1982/04/01     2位
1982/04/08     2位
1982/04/15     1位
1982/04/22     1位
1982/04/29     2位
1982/05/06     3位
1982/05/13     5位
1982/05/20     8位
1982/05/27    14位
1982/06/03    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(58.4万枚)
1982年の年間8位(55.6万枚)

この「チャコの海岸物語」のヒット直前に桑田佳祐さんと原由子さんは結婚。
それが話題となり、同時にこの曲も大ヒットしました。

1980年以降、大きなシングルヒットの無かったサザンオールスターズでした。
その間「いなせなロコモーション」や「栞のテーマ」等の名曲も発売しましたが、当時はパッとせず!
マスメディアへの登場が無かったのが大きな影響を与えた!
むしろ、テレビなどのメディアから意図的に遠ざかってた様でした。

シングルヒットの無かった間も、アルバム「タイニイ・バブルス」と「ステレオ太陽族」は大ヒットを記録。
そして、桑田佳祐作詞作曲の高田みづえさんの「私はピアノ」が大ヒットを記録する等、決して低迷していたわけではありません。

「チャコの海岸物語」では、それまでテレビから遠ざかってたサザンオールスターズですが、積極的に出演!
ザ・ベストテンへは毎週の様に出演し、コミカルな演出でこの「チャコの海岸物語」を披露!
ザ・ベストテンなどの音楽番組以外に「8時だよ!全員集合」や「クイズ、ドレミファドン!」までも出演!
それまでの露出を抑えてた分、一気に解放されたような印象でした。

この曲は、サザンオールスターズの中でもちょっと異色な曲です。
GSサウンドと歌謡曲をミックスしたようで、テレビへの露出を予定されて作られたような感じがします。
しかし、コミックソングとして片付けられる曲でもなく、サザンの名曲として語り継がれている曲でもあります。

この年の紅白歌合戦にも再出場!
三波春夫スタールで、歌い方まで三波春夫!
ほとんど冗談の様で賛否両論でした!

この「チャコの海岸物語」の久々のヒット以降、サザンオールスターズ人気が衰えることなく次々にシングルヒットを発表!
1980年代〜1990年代〜2000年代と長期に渡って人気バンドとして不動の地位を確立します。

「チャコの海岸物語」は、サザンオールスターズにとって転機の様な曲かもしれません。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/10/18 木曜日

「ウェディング・ベル」〜シュガー

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:31:20

「ウェディング・ベル」〜シュガー 最高5位(ベストテン内8週ランクイン)

コミカルな女性3人組のコーラスグループのシュガーの初のザベストテン登場曲です。
「ウェディング・ベル」は、この年を代表するヒット曲でした。

1982年2月25日に7位で初登場。
最高7位。
10位以内に8週。
20位以内に12週。
1982年の年間25位。

1982/02/18    17位
1982/02/25     7位
1982/03/04     5位
1982/03/11     5位
1982/03/18     6位
1982/03/25     5位
1982/04/01     6位
1982/04/08     7位
1982/04/15     9位
1982/04/22    12位
1982/04/29    14位
1982/05/06    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(48.5万枚)
1982年の年間13位。

この「ウェディング・ベル」は、斬新な歌詞が当時大きな話題と成りました。
男にふられた女性が、男の結婚式に参加!
協会で1人愚痴を言って、カップルを見送る!
最後に「くたばっちまえ、アーメン!」

冒頭の「ウェディング・ベル」のコーラス。
そして「くたばっちまえ」
それまで聴いたことの無い様なインパクトのある曲でした。

最初にラジオで聴いた時、間違いなくヒットの予感があり、直後「ウェディング・ベル」はベストテン入りしました。
ベストテン入りの直前に、シュガーはスポットライトコーナーに出演しました。
今風(当時として)な女の子3人組な感じでした。

シュガーは、ミキさん、クミさん、モーリさんの3人組み。
女性コーラスバンドとして、当時として新しい感覚のグループでした。
3人とも明るく、現代っ子なイメージでした。
(あくまでも1982年当時の感想)

1982年の紅白歌合戦にも初出場。
シュガーにとっては、これが最初で最後のザ・ベストテン登場曲でした。
その他、「アバンチュールはルックスしだい」「私・にほリカ人」「ウエディング・ベル II」等。

残念ながらメンバーのモーリさんは1990年に亡くなりました。

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シュガー(Sugar)のプロフィール

ミキ(笠松美樹)1960年7月15日生まれ、ボーカル、ピアノ
クミ(長沢久美子)1960年7月15日生まれ、 ボーカル、ギター
モーリ(毛利公子)1960年9月29日生まれ、 ボーカル、ベース。

1981年、「ウエディング・ベル」でデビューする。
1982年、「ウェディング・ベル」が大ヒットし、 紅白歌合戦出場する。
1986年、解散し、それぞれタレントとして活動する。

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発売日:2004-10-20

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/10/17 水曜日

「ラブ・ミー・テンダー」〜松本伊代

Filed under: 松本伊代, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:25:22

「ラブ・ミー・テンダー」〜松本伊代 最高9位(ベストテン内2週ランクイン)

松本伊代さんの「センチメンタル・ジャーニー」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年2月25日に10位で初登場。
最高9位。
10位以内に2週。
20位以内に8週。
1982年の年間64位。

1982/02/18    15位
1982/02/25    10位
1982/03/04    11位
1982/03/11     9位
1982/03/18    11位
1982/03/25    12位
1982/04/01    15位
1982/04/08    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高11位(16.1万枚)
1982年の年間89位。

前作「センチメンタル・ジャーニー」でブレイクした松本伊代さん。
この「ラブ・ミー・テンダー」は2曲目のシングルでした。
前作のインパクトが大きい為か、「ラブ・ミー・テンダー」は印象として薄いかもしれません。
前作に続き、作詞が湯川れい子さん、作曲が筒美京平さんでした。

「ラブ・ミー・テンダー」と言うと、エルビス・プレスリーのヒット曲と同名タイトルです。
センチメンタル・ジャーニー」もオールデイズと同じタイトルで、この頃のオールデイズブームに肖り、あえてタイトルに持ってきたのかもしれません。
作詞家の湯川れい子さんは、確かオールデイズファンだったような気がします。
(関係ないかもしれませんが!)

この曲はオリコンチャートでは最高で11位でしたが、ザ・ベストテンでは10位以内に2週ランクイン!
松本伊代さんは、この頃なかなかオリコンチャートでは苦戦し、10位以内に入らなかったことが多かったです。

この曲の時にザ・ベストテンでは、「すずめ」での増田けい子さんと一緒に登場することがあり、松本伊代さんはピンク・レディーの「渚のシンドバッド」の振り付けを行ったこともありました。

1982年組アイドルの先駆者的な存在の松本伊代さん。
当時のブロマイドの売り上げではダントツのトップだったとか!
この直後、大勢の82年組アイドルが登場し、次々とベストテン入りし人気の逆転現象が起こるなどと、誰もがこの時思わなかったでしょう!

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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