「ティアドロップ探偵団」〜イモ欽トリオ
「ティアドロップ探偵団」〜イモ欽トリオ 最高10位(ベストテン内4週ランクイン)
イモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
1982年4月22日に10位で初登場。
最高10位。
10位以内に4週。
20位以内に8週。
1982年の年間68位。
1982/04/08 17位
1982/04/15 12位
1982/04/22 10位
1982/04/29 10位
1982/05/06 10位
1982/05/13 10位
1982/05/20 12位
1982/05/27 17位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高6位(19.7万枚)
1982年の年間69位。
「ティアドロップ探偵団」は、イモ欽トリオの2曲目のシングル曲です。
前回に引き続き作詞は、松本隆さん。
作曲は、細野晴臣さんでした。
前回の「ハイスクールララバイ」以上にアクションが多く、凝りに凝った演出が見ものでした。
この「ティアドロップ探偵団」も、もちろんフジテレビの「欽ドン!良い子悪い子普通の子」から生まれた曲です。
当時、まさか2曲目のシングルが発売されるとは思ってなく、「ハイスクールララバイ」1曲だけの企画物のイメージがありました。
前回、ザ・ベストテンにて、以降音楽番組への出演が無い趣旨の発言もありました。
せっかくイモ欽トリオとして人気を得ることが出来たので、この「ティアドロップ探偵団」は、ファンサービス、おまけな感じがしました。
大ヒットの予感もありましたが、ザ・ベストテンにて最高10位止まりで、やや残念!
ブームは去ってしまったのか?と思いました。
しかし、4週連続10位ということで、これも珍しい記録でしょう。
イモ欽トリオはその後、長江健次さんが大学受験の準備の為に一時芸能界を離れることに。
二代目フツオ役に後藤正さんが起用され、イモ欽トリオとして3曲目のシングル「ティーンエイジ・イーグルス」が1983年1月に発売されましたが、ベストテン入りならず。
しかし、萩本欽一さんの番組は益々人気に拍車がかかり、欽ちゃんファミリーとして次々に人気タレントを創出!
いろんなユニットやタレントさんがシングルを発表し、ザ・ベストテンにも登場しました。
テレビ朝日の「欽ちゃんのどこまでやるの」からは、高部知子さん(「めだかの兄妹」の時だけ)、倉沢淳美さん、高橋真美さんの3人によるユニット:わらべがブレイク!
1982年に「めだかの兄妹」、1984年に「もしも明日が・・・。」、1985年に「時計をとめて」 と3曲ザ・ベストテン入り。
細川たかしさんも当時欽ちゃんファミリーで、大ヒット曲「北酒場」は「欽どこ」から生まれたヒット曲でした。
TBS「欽ちゃんの週刊欽曜日」からは、風見慎吾さん(現:風見しんご)が、1983年に「僕笑っちゃいます」でベストテン入り!
1985年には「涙のtake a chance」が大ヒットし、ザ・ベストテンに登場します。
日本テレビ「欽きらリン530!!」から、1988年にCHA-CHAが「Begininng」でベストテン入り!
CHA-CHAは、木野正人さん、勝俣州和さん、松原桃太郎さん、 西尾拓美さん(西村知美さんの旦那さん)、中村亘利 さん(のちにジャニーズ・少年忍者)
イモ欽トリオは、欽ちゃんファミリー人気の先駆け的な存在でした。
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