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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/6/24 日曜日

「ジェニーはご機嫌ななめ」〜ジューシィ・フルーツ

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:49:26

「ジェニーはご機嫌ななめ」〜ジューシィ・フルーツ 最高7位(ベストテン内4週ランクイン)

1980年に大ブームとなったテクノポップ!
そのテクノブームに乗って登場したジューシィ・フルーツ
「ジェニーはご機嫌ななめ」は、ジューシー・フルーツの初で唯一のザ・ベストテン登場曲。

1980年10月9日に10位で初登場。
最高7位で、10位以内に4週、20位以内に10週ランクイン。
1980年の年間50位でした。

1980/09/18    16位
1980/09/25    14位
1980/10/02    11位
1980/10/09    10位
1980/10/16     8位
1980/10/23     7位
1980/10/30     8位
1980/11/06    14位
1980/11/13    15位
1980/11/20    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高5位(37万枚)で、年間37位(34.5万枚)でした。
大ヒットレベルの曲です。

この「ジェニーはご機嫌ななめ」が、ジューシィ・フルーツのデビュー曲でした。
時代を反映させた、ある意味斬新なサウンドが受け入れられて大ヒット!
ボーカルのイリヤさんの裏声を使ったカボソイ歌声が印象的です。
イリヤさんの歌う表情は、腹話術の人形の様でした。
作曲は、近田春夫さんが担当。

当時YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)が大人気で、このジューシィ・フルーツもその影響を受けてます。
ピコピコパコパコしたテクノのサウンド!
バックバンドも無表情で機械仕掛けの様な動き。
70年代までの泥臭いフォークソングとは、正反対でした。
この1980年頃は、テクノブームで、歌謡曲にも大きな影響を与えてました。
髪型もテクノカットが大流行しました。

ジューシィ・フルーツのザ・ベストテンランクイン曲は、この「ジェニーはご機嫌ななめ」の1曲のみでした。
2曲目の「なみだ涙のカフェテラス」が最高19位。
その後「十中八九N・G」「これがそうなのね仔猫ちゃん」とシングルを発表します。

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ジューシィ・フルーツのプロフィール
1980年、ジューシィ・フルーツとして近田春夫プロデュース「ジェニーはご機嫌ななめ」で、デビューし大ヒットする。
1981年、シングル「これがそうなのね仔猫ちゃん」がCMソングに起用されヒットする。
1985年、解散する。
2002年、元ジューシー・フルーツのギターリスト柴矢俊彦作曲の「おさかな天国」が大ヒットする。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/6/23 土曜日

「私はピアノ」〜高田みづえ

Filed under: 高田みづえ, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:00:42

「私はピアノ」〜高田みづえ 最高4位(ベストテン内14週ランクイン)

1978年の「花しぐれ」以来、2年半振りの高田みづえさんのザ・ベストテンの登場です。
「花しぐれ」に続き、2曲目のランクイン。

1980年9月18日に9位で初登場。
最高4位で、10位以内に13週、20位以内に18週ランクイン。
1980年の年間10位でした。

1980/08/28    15位
1980/09/04    14位
1980/09/11    11位
1980/09/18     9位
1980/09/25     6位
1980/10/02     6位
1980/10/09     4位
1980/10/16     5位
1980/10/23     5位
1980/10/30     6位
1980/11/06     6位
1980/11/13     4位
1980/11/20     6位
1980/11/27     7位
1980/12/04     6位
1980/12/11     8位
1980/12/18    15位
1980/12/25    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高5位(49.3万枚)で、年間33位(37.0万枚)でした。
高田みづえさんにとって、最大のヒット曲です。

前回「花しぐれ」以降、高田みづえさんは、大きなヒットに恵まれず、1979年は紅白歌合戦にも落選しました。
ところが、1980年に入り「潮騒のメロディ」が最高20位にランクされ、ロングセラーとなり22.2万枚のヒットを記録。
7月25日に発売した「私はピアノ」が、徐々にチャートを上げ、2年半振りのザ・ベストテンにランクインされ、1980年の代表する大ヒット曲となりました。

久々にザ・ベストテンに登場した高田みづえさんは、信じられない!と言った様子でした。
番組内で、のインタビューでは、よく歌手仲間達と木曜の夜に、「これからベストテン!」と冗談を言っていたそうです。
「本当に入っちゃったよ〜」と嬉しそうに語ってたことが記憶に残ってます。

この曲がヒットしたことによって、再び高田みづえさんは紅白歌合戦にカムバックし、その後も引退するまで歌手として大活躍することになります。
高田みづえさんにとって、「私はピアノ」は大きな転機になった曲でした。

この曲は、なかなかの名曲で、サザンオールスターズの桑田佳祐さんの作詞作曲です。
突然の嵐の様に壊れた恋のストーリー!
輝いてた日々と別れた今との対比が絶妙の歌詞でした。

サザンオールスターズのアルバムタイニイ・バブルス」収録曲で、メンバーの原由子さんのボーカル曲でした。
カバー曲として高田みづえさんが歌い、大ヒットし、同時にサザンオールスターズの「私はピアノ」も話題になりました。
高田みづえさんと桑田佳祐さんの異色のコラボレーションが当時斬新でした。

高田みづえさんは、その後「真夜中のギター」「涙のジルバ」「夢伝説」「愛の終りに」、そして谷村新司さん作詞作曲の「ガラスの花」、横須賀恵(山口百恵)さん作詞の「通りすぎた風」とシングルを発表しますが、いずれもランク外。
20位以内にも登場しませんでしたが、いずれも曲の評価は高かったです。
そして、1983年に再び桑田佳祐作詞作曲「そんなヒロシに騙されて」が大ヒットし、ザ・ベストテンに登場します。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/6/21 木曜日

「さよならの向こう側」〜山口百恵

Filed under: 山口百恵, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:59:50

「さよならの向こう側」〜山口百恵 最高3位(ベストテン内10週ランクイン)

山口百恵さんの「ロックンロール・ウィドウ」に続く、12曲目のザ・ベストテン登場曲です。
百恵さんの現役時代、最後のシングル曲でした。
ザ・ベストテン登場も、この曲が最後です。

1980年9月18日に10位で初登場。
最高3位で、10位以内に10週、20位以内に14週ランクイン。
1980年の年間25位でした。

1980/09/04    16位
1980/09/11    14位
1980/09/18    10位
1980/09/25    10位
1980/10/02     7位
1980/10/09     8位
1980/10/16     6位
1980/10/23     4位
1980/10/30     3位
1980/11/06     4位
1980/11/13     8位
1980/11/20     9位
1980/11/27    16位
1980/12/04    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高4位(37.6万枚)で、年間41位(33.5万枚の売り上げ)でした。
37.6万枚のセールスは、もちろん大ヒットと呼べる数字ですが、山口百恵引退直後のシングルセールスとしては、少な過ぎだと思いますが!

この「さよならの向こう側」は、未だに伝説的な山口百恵楽曲の1曲です。
現役最後のシングル曲として、名曲に仕上がってます。
作詞:阿木曜子、作曲:宇崎竜童のゴールデンコンビの作品でした。
10月5日の武道館でのラストコンサートでの「さよならの向こう側」の場面も伝説として、語り継がれています。

「さよならの向こう側」は、ザ・ベストテンで10位に登場するまで、2週間20位圏内に留まってました。
これは、山口百恵さんのベストテンランクイン曲の中では、極めて異例のことです。
一旦20位以内に入ってから、必ず翌週には10位以内に登場するのが当たり前でした。
いい日旅立ち」と「ロックンロール・ウィドウ」では、いきなり10位以内にランクインしました。

「さよならの向こう側」は、10位以内にランクインしても、なかなか上位にランクインせず、低空飛行的なチャートの動きを見せました。
引退コンサート後にやっと3位まで上昇。
なので当時「さよならの向こう側」は、ファンから支持されてないのかと疑問に思った記憶があります。
シングルと同時発売の山口百恵オリジナルアルバム「不死鳥伝説」に既に収録されていたのも原因かな?とも思います。
1位を獲得しても不思議じゃない曲だと思うのですが…!

山口百恵さんは、この曲でのザ・ベストテンでの出演は、初登場の10位の時の1度だけでした。
謝肉祭」以来のTBSのスタジオでの曲披露でした。
この時、既に最後のザ・ベストテン出演が決まってた様で、確かこの曲をフルでノーカットで歌った記憶があります。
その後、引退まで、他のスケジュールの関係で出演が叶わなかったとか!
引退コンサート後には、武道館ライブの「さよならの向こう側」がVTRで流されました。

「夜のヒットスタジオ」や「紅白歌のベストテン」では、引退コンサート後に山口百恵スペシャル番組を放送し、引退直前の山口百恵さんの出演が話題となりました。
ザ・ベストテンとしては、それが叶わなかったのが残念です。
(引退コンサートを当日TBSで放送したことが関係していると思います。)

山口百恵さんは、10月15日に歌手生活にピリオドを打ち引退しました。
11月19日に三浦友和さんと結婚し、以降カムバックすることはありません。
その辺りが、彼女のカリスマ性を高め、伝説化させた要因だと思います。

結婚式の当日11月19日には、引退後初のシングル「一恵(いちえ)」を発表します。
作詞が御本人で、横須賀恵(よこすかけい)と言うペンネームでした。
作曲が谷村新司さんでした。
この「一恵」は、オリコンでは最高2位を記録しましたが、ザ・ベストテンでは最高13位でした。
この曲も名曲です。
引退前に「夜のヒットスタジオ」で歌われて、話題にもなりました。

引退後、1982年にはアンルイスさんの「ラ・セゾン」の作詞を手がけ、大ヒットしました。
この時も横須賀恵の名で詞を提供しました。
1983年には、高田みづえさんの「通りすぎた風」の作詞も手がけています。

満開の時に自ら表舞台を退いた山口百恵さん。
その後、中森明菜さんや荻野目洋子さん等、彼女に憧れてデビューしたアイドルも数多いことと思います。
伝説は、まだまだ語り継がれることと思います。

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山口百惠全曲集

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/6/20 水曜日

「ふたりの夜明け」〜五木ひろし

Filed under: 五木ひろし, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:17:14

「ふたりの夜明け」〜五木ひろし 最高7位(ベストテン内9週ランクイン)

五木ひろしさんの「倖せさがして」に続く、3曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1980年9月4日に8位で初登場。
最高7位で、10位以内に8週、20位以内に20週ランクイン。
1980年の年間11位でした。

1980/08/21    15位
1980/08/28    12位
1980/09/04     8位
1980/09/11     7位
1980/09/18     8位
1980/09/25     8位
1980/10/02     8位
1980/10/09     9位
1980/10/16     7位
1980/10/23     8位
1980/10/30    11位
1980/11/06    13位
1980/11/13    10位
1980/11/20    11位
1980/11/27    12位
1980/12/04    11位
1980/12/11    11位
1980/12/18    14位
1980/12/25    14位
1981/01/08    15位
1981/01/15    16位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高10位(36.7万枚)で、年間71位(21.8万枚のセールス)でした。
ザ・ベストテンの年間11位に対し、オリコンの年間が71位とは、大きな開きがあります。

「ふたりの夜明け」は、低空飛行と言うか、低いチャートを長くランクしてました。
最高が7位で、10位以内に8週とそれまでの五木さんのヒット曲に比べると目立たないランキングです。
しかし、20位以内に20週もランクされ、ロングヒットとなりました。
この曲も、レコードセールスよりも五木さんのファンのリクエストランキングがロングセラーの要因にあったのでは、と思います。

この「ふたりの夜明け」で五木ひろしさんは、レコード大賞などの音楽祭を八代亜紀さんの「雨の慕情」と争い、五八戦争と当時言われてましたが、思った以上にセールス的に弱かった印象です。
それでも36.7万枚のセールスは、大ヒットと呼べる数字ではあります。
八代さんの「雨の慕情」もトータル56.9万枚なので、今となっては何故この2曲が大賞を争ったのか不思議です。

この曲、どんな曲だったのか、全く記憶にありません。(笑)
なんとなくですが、前2曲と似たような曲だったと思います。
だから、印象に残って無いのだと思いますが!
(五木ファンの皆様、すみません)

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/6/19 火曜日

「パープルタウン」〜八神純子

Filed under: 1位獲得曲, 八神純子, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:03:54

「パープルタウン」〜八神純子 最高1位2週(ベストテン内13週ランクイン)

八神純子さんの「ポーラースター」に続く、4曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この曲で、八神純子さんは初の1位を獲得しました。

1980年9月4日に9位で初登場。
10月9日に1位に輝き2週連続獲得。
10位以内に13週、20位以内に16週ランクイン。
1980年の年間8位でした。

1980/08/28    13位
1980/09/04     9位
1980/09/11     8位
1980/09/18     6位
1980/09/25     3位
1980/10/02     3位
1980/10/09     1位
1980/10/16     1位
1980/10/23     2位
1980/10/30     2位
1980/11/06     3位
1980/11/13     3位
1980/11/20     4位
1980/11/27     6位
1980/12/04    15位
1980/12/11    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(56.4万枚)で、年間19位でした。
八神純子さんにとっては、「みずいろの雨」に次ぐ大ヒット曲でした。

この「パープルタウン」のヒットで八神純子さんは、約1年振りのザ・ベストテンに登場。
ザ・ベストテンでは、1位を獲得し10位以内に13週ランクインと八神さんにとって最大のヒット曲となりました。

「パープルタウン」は、歌詞の中にもあるようにニューヨークをイメージさせた曲です。
夜明けのマンハッタンを連想させる、都会的な曲でした。
ザ・ベストテンでも、自由の女神が登場したりマンハッタンをイメージさせたセットが多かったです。

当時、この曲の評価は高く、八神純子さんは、ニューミュージック界の女性シンガーの中でトップクラスの人気を誇ってました。
まさに天才的なミュージシャンとして印象付けられてます。
この曲で、八神純子さんは、紅白歌合戦にも初出場を果たしてます。
「パープルタウン」は、1980年を代表するヒット曲の1曲です。

ザ・ベストテンでは、この頃も司会の久米宏さんとのやり取りで、久米さんにからかわれることも多かったです。
体型のこと、衣装のこと等、毎回何かしら突っ込まれていました。
その辺り、別の意味で八神さんの魅力を視聴者に焼き付けた印象も強いと思いますが!

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八神純子

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↑八神純子さんの曲のダウンロードが出来ます。(視聴可能)

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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