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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/6/30 土曜日

「サンタマリアの祈り」〜西城秀樹

Filed under: 西城秀樹, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:49:16

「サンタマリアの祈り」〜西城秀樹 最高9位(ベストテン内3週ランクイン)

西城秀樹さんの「エンドレス・サマー」に続く、13曲目の登場曲です。
この時点で西城秀樹さんは、山口百恵さんの12曲連続ランクイン記録を更新しました。

1980年10月30日に9位で初登場。
10位以内に3週、20い以内に10週ランクイン。
1980年の年間49位でした。

1980/10/23    12位
1980/10/30     9位
1980/11/06     9位
1980/11/13    11位
1980/11/20    10位
1980/11/27    13位
1980/12/04    14位
1980/12/11    14位
1980/12/18    18位
1980/12/25    18位

オリコンチャートでは、最高13位(11.1万枚)で、年間100位圏外でした。
レコード売り上げとしては、1973年の西城秀樹さんの初の大ヒット曲「情熱の嵐」 以来、自己最低セールスでした。

この「サンタマリアの祈り」は、時代に反した重たい曲でした。
80年代は、ノリの良いポップスが大衆に好まれた時代ですが、あえてシャンソンやカンッォーネの様な曲を西城さんは持ってきました。
その辺り、ヒットをあえて狙って無いのか?と思わせる感じです。

元々西城秀樹さんは、「愛の十字架」「白い教会」等、キリスト教の世界を歌った曲があり、この曲もそのイメージです。
西城秀樹さんは、そのイメージが良く合ってると思いますが!

“愛の歌は、ひとりぼっちでは歌えはしない”

↑覚えてるのは、この一説だけです。
西城秀樹さんは、物凄く感情を込めて歌ってました。

ザ・ベストテンでは、10位に初登場した河合奈保子さんと一緒に道後温泉からの中継で出演。
当時、生でザベストテンを見ていて、道後温泉と「サンタマリアの祈り」のミスマッチが妙に印象に残ってます。

西城秀樹さんは、この「サンタマリアの祈り」で暮のレコード大賞と紅白歌合戦に出演。
何故かセールス的に一番低いこの曲が選曲されました。

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2007/6/28 木曜日

「ヤングボーイ」〜河合奈保子

Filed under: 1980年登場曲, 河合奈保子 — ベストテンマニア:K @ 21:39:10

「ヤングボーイ」〜河合奈保子 最高10位(ベストテン内1週ランクイン)

河合奈保子さんの初のザ・ベストテン登場曲です。
河合奈保子さんにとって「ヤングボーイ」は、シングル2曲目。

1980年10月30日に10位で初登場。
最高10位に1週のみ。
20位以内に11週ランクイン。
1980年の年間43位でした。

1980/09/25    16位
1980/10/02    13位
1980/10/09    12位
1980/10/16    11位
1980/10/23    11位
1980/10/30    10位
1980/11/06    12位
1980/11/13    12位
1980/11/20    13位
1980/11/27    14位
1980/12/04    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高13位(18.9万枚)で、年間89位(16.8万枚)でした。
オリコンで河合奈保子さんが、トップ10入りするのは、1981年の「スマイルフォーミー」です。

河合奈保子さんは、1980年組アイドル歌手として、田原俊彦さん、岩崎良美さん、松田聖子さんに続く4人目です。
河合奈保子さんのデビューのきっかけは、西城秀樹さんの妹募集!オーディションに応募し優勝したことです。
デビューした頃は、CMや歌番組などで西城秀樹さんと共演することも多かったです。

デビュー曲は、「大きな森の小さなお家」でした。
この「大きな森の小さなお家」が地味なヒットで、河合奈保子さんは多くの歌番組に出演し恵まれたスタートを切りました。
2曲目がこの「ヤングボーイ」で、ザ・ベストテンに初登場し、ヒットしました。
ザ・ベストテンでは10位に1週のみのランクインでしたが、20位以内に11週ランクし、年間でも43位と健闘しました。

ザ・ベストテンに登場した時は、道後温泉からの中継。
9位の西城秀樹さんと同時にランクインし、西城さんと一緒に道後温泉からの出演でした。
余談ですが、この道後温泉からの中継では、ちょっとしたハプニングが発生!
番組冒頭で、決してテレビでは写っていけないものがアップで登場!
温泉なので、仕方ない面もありますが!
何でしょうね〜(笑)
所謂、放送事故でした。

河合奈保子さんは、いつも笑顔で、「ハイ!」とはっきりした声で答える典型的な当時のアイドルでした。
どのテレビ番組に出演しても必ず笑顔で、決して真顔を見せないアイドルとして印象強いかもしれません。
アイドルの手本的存在です。
そんなキャラクターが人気を得て、1980年代に長く活躍することとなります。
1位を取る程の大ヒットには恵まれませんでしたが、多くのシングル曲がベストテン入りしました。

「ヤングボーイ」の次のシングル「愛してます」は、最高11位。
以降、「17才」「スマイル・フォー・ミー」「ムーンライト・キッス」「ラブレター」「愛をください」「夏のヒロイン」「けんかをやめて」「Invitation」「ストロー・タッチの恋」「エスカレーション」「UNバランス」「疑問符」「微風のメロディー」「コントロール」「唇のプライバシー」「北駅のソリチュード」「ジェラス・トレイン」「デビュー」「ラヴェンダー・リップス」「THROUGH THE WINDOW」と19曲連続ランクイン。
「涙のハリウッド」が最高13位。
そして、「刹那の夏」、本人作曲の「ハーフムーン・セレナーデ」で2曲連続ランクインし、計22曲ザ・ベストテンにランクインしました。

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河合奈保子さんのプロフィール。
本名、金原奈保子。
1963年7月24日生まれ。
1979年、 「ヒデキ(西城秀樹)の弟・妹募集オーディション」で優勝。
1980年、「大きな森の小さなお家」でデビュー。2枚目のシングル「ヤング・ボーイ」がヒットし数々の新人賞を受賞。
1981年、「スマイル・フォー・ミー」が大ヒット。10月5日、NHK「レッツゴーヤング」のリハーサル中に転落し第一腰椎圧迫骨折の重傷を負う。紅白歌合戦に「スマイル・フォー・ミー」で初出場。
1982年、竹内まりや作詞作曲の「けんかをやめて」が話題となる。
1983年、「エスカレーション」が大ヒットし、自身最高セールスを記録。
1984年、アルバム「デイドリーム・コースト」に於いて音録りから製作に参加し、音楽面への活動を重視する。
1985年、シングル「デビュー」で初のオリコン1位を獲得。
1986年、全作曲オリジナルアルバム「スカーレット」を発表、当時最年少で日本作曲家協会の協会員としての認定を受ける。
1996年ヘアメイクアップアーティストの男性との婚約を発表し入籍。
1997年、第一子出産を契機に芸能活動を停止する。
2006年、iTunes Music Store限定で自作ピアノ作品集「nahoko 音」を発表し、評判となりCD化される。
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2007/6/27 水曜日

「風は秋色」〜松田聖子

Filed under: 1位獲得曲, 1980年登場曲, 松田聖子 — ベストテンマニア:K @ 23:29:14

「風は秋色」〜松田聖子 最高1位4週(ベストテン内12週ランクイン)

松田聖子さんの「青い珊瑚礁」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「風は秋色」でも、2曲目の1位を獲得。

1980年10月23日に10位で初登場。
11月20日に1位を4週連続獲得。
10位以内に12週、20位以内に15週ランクイン。
1980年の年間26位。
1981年の年間は50位圏外。

1980/10/16    16位
1980/10/23    10位
1980/10/30     5位
1980/11/06     2位
1980/11/13     2位
1980/11/20     1位
1980/11/27     1位
1980/12/04     1位
1980/12/11     1位
1980/12/18     2位
1980/12/25     2位
1981/01/08     8位
1981/01/15    10位
1981/01/22    12位
1981/01/29    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(79.6万枚)でした。
1980年の年間14位(57.3万枚)、1981年の年間65位(22.2万枚)でした。
この曲で松田聖子さんは、オリコン初の1位を獲得。
1983年の「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」(85.7万枚)までは、この「風は秋色」が聖子楽曲では、一番売れたシングル曲でした。

この「風は秋色」は、資生堂エクボのCMソングでした。
デビュー曲の「裸足の季節」に次ぐ資生堂エクボのタイアップ曲です。
松田聖子さんは、CMタイアップ曲が多く、当時半分以上が何かしらCMソングとして使われていたと思います。

この曲は、前曲の「青い珊瑚礁」と何となく似たイメージがあります。
曲の構成も似てます。
それ故、当時大ヒットしたにも関わらず、印象が弱い感じを受けます。
当時の音楽賞では、「青い珊瑚礁」でノミネートされてたことも要因かもしれません。
それにしても79万枚は、大ヒットです。
可愛い曲で、個人的には好きです。

ザ・ベストテンでは、この曲の初登場時、「青い珊瑚礁」も同時にランクインし、松田聖子さんは2曲同時ランクインを達成。
まさにスーパーアイドルでした。
デビューした直後、ポスト山口百恵と呼ばれてましたが、彼女のシングル売り上げの最高記録の「横須賀ストーリー」(66.1万枚)を越えてしまい、松田聖子の時代を感じさせました。

この頃の松田聖子さんは、大忙しの日々で、デビューしてから休日が一日も無く、この曲のランクイン中に1日だけオフをもらえたとか!
その時は、もちろんザ・ベストテンの出演は無しでした。
後に当時のことを聖子さん自身が振り返り、このザ・ベストテンの出演が終わっても次にレコーディング会場に向かい、歌い終えたら深夜にそのままアイドル雑誌の「平凡」や「明星」の撮影会場へ!
ハードスケジュールを越えた日々だったとか!

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2007/6/26 火曜日

「酒場でDABADA」〜沢田研二

Filed under: 沢田研二, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:40:14

「酒場でDABADA」〜沢田研二 最高8位(ベストテン内8週ランクイン)

沢田研二さんの「恋のバッド・チューニング」に続く、10曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1980年10月16日に10位で初登場。
最高5位で、10位以内に8週、20位以内に12週ランクイン。
1980年の年間38位でした。

1980/10/09    16位
1980/10/16    10位
1980/10/23     9位
1980/10/30     7位
1980/11/06     5位
1980/11/13     5位
1980/11/20     7位
1980/11/27     9位
1980/12/04    10位
1980/12/11    16位
1980/12/18    17位
1980/12/25    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高14位(14.4万枚)で、年間100位圏外でした。
意外に地味なヒットでした。
もっと売れた印象ありますが、14.4万枚だとは驚きです!
沢田研二さんは、この年のレコード大賞で、この曲で挑んだ程だったのに!

オリコンチャートでは、パッとしないこの曲でしたが、ザ・ベストテンでは最高5位まで上がり、この曲の印象も強く残ってます。
沢田研二さんは、この曲の時、白いハンカチを片手で振り回すパフォーマンスを見せました。
酔っ払い風な感じです。

この「酒場でDABADA」は、皮肉めいた歌詞が魅力の曲です。

酒場を探して見えない時は!
近くの墓場を探してみなよ!

酒場と墓場を引っ掛けた、味のある曲。
沢田研二さんらしい、やや毒の入った曲でした。
辛気臭い、よく言えばハードボイルド!
そんな感じの曲かな!

この曲、アレンジが好きです。
ジャズとロカビリーを混ぜ合わせた様なリズム!
派手じゃないけど地味でもない、沢田研二さん以外には絶対歌えない曲です。

沢田研二さんは、彼にしか歌えないオリジナリティのあるシンガーで、どの曲も魅力満載です。
この曲の様に意外に売り上げ枚数が実を結ばない例も多かったですが!

1981年の次のシングル「おまえがパラダイス」は、最高12位でベストテン入り成らず!
その次のシングル「渚のラブレター」で半年後にザ・ベストテンに登場します。

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沢田研二
↑沢田研二さんの曲のダウンロードが出来ます。(視聴可能)

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2007/6/25 月曜日

「ハッとして!Good」〜田原俊彦

Filed under: 1位獲得曲, 1980年登場曲, 田原俊彦 — ベストテンマニア:K @ 22:52:20

「ハッとして!Good」〜田原俊彦 最高1位(ベストテン内12週ランクイン)

田原俊彦さんの「哀愁でいと」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「ハッとして!Good」でも1位を獲得しました。

1980年10月9日に5位で初登場。
最高1位を4週、10位以内に12週、20位以内に16週ランクイン。
1980年の年間18位でした。

1980/10/02    15位
1980/10/09     5位
1980/10/16     3位
1980/10/23     1位
1980/10/30     1位
1980/11/06     1位
1980/11/13     1位
1980/11/20     2位
1980/11/27     2位
1980/12/04     4位
1980/12/11     4位
1980/12/18     5位
1980/12/25    10位
1981/01/08    16位
1981/01/15    13位
1981/01/22    15位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(62.2万枚)で、年間22位(46万枚) でした。
オリコン1981年の年間にも93位(16万枚)で100位以内にランクイン。

この曲は、前回の「哀愁でいと」とは、打って変わって可愛いポップ調の曲でした。
グリコ(だったような)のCMソングとしても有名。

このCMでは、松田聖子さんと恋人同士の設定で田原俊彦さんは出演!
それが大きな話題となりました。
この頃、2人の噂も多く、ザ・ベストテンでは、ソファーの位置をはじとはじに離して座らせる措置を取りました!
そこまでしなくても!と思いますが、当時アイドルは、その辺り厳しいものでした。

田原俊彦さんは、この曲でレコード大賞の最優秀新人賞を受賞。
田原俊彦さんのシングル曲の中でも2番目に売れた大ヒット曲でした。
田原俊彦さんの衣装も、曲に合わせた可愛いオーバーオール。
なんとなく、この「ハッとして!Good」が、その後の田原俊彦さんのイメージを決めてしまった様な印象もあります。

残念ながら、歌唱力の点で当時から問題でした。
特にこの曲の頃は、音程が合ってなかったり、声が震え過ぎたり、テレビを見ていても、こっちがヒヤヒヤすることが多かったような!
良い曲なんですがね!

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