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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/5/26 土曜日

「恋のバッド・チューニング」〜沢田研二

Filed under: 沢田研二, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:38:01

「恋のバッド・チューニング」〜沢田研二 最高5位(ベストテン内8週ランクイン)

沢田研二さんの「TOKIO」に続く、9曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「恋のバッド・チューニング」でも、ビジュアル的に凝った衣装とセットが当時話題でした。

1980年5月15日に7位で初登場。
最高5位で、10位以内に8週、20位以内に10週ランクイン。
1980年の年間35位でした。

1980/05/15     7位
1980/05/22     7位
1980/05/29     8位
1980/06/05     7位
1980/06/12     5位
1980/06/19     6位
1980/06/26     9位
1980/07/03    10位
1980/07/10    12位
1980/07/17    圏外
1980/07/24    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高13位(17.2万枚)で、年間86位でした。
意外とレコードセールス的には、弱かったようです。

「恋のバッド・チューニング」では、救急車のセット。
それに目に青いコンタクトレンズ。
歌の途中で、ビリビリに破くビニールのシャツ。
これらが、極めて斬新で派手なパフォーマンスでした。

曲調は、前作の「TOKIO」と同じくテクノポップなサウンドで、ビジュアルに匹敵する派手な曲でした。
それでいて、ややクレイジーな感じの曲。
とにかく、一度聴いたら忘れられない曲です。
当時は、テレビでの影響が大きく、沢田研二さんの他の曲も含めて、ビジュアル的に目に焼き付いている感じです。

この曲、今聴いても古さを感じさせない斬新な曲だと思います。
シングルレコードを当時買った記憶があります。

1980年代に入り、この頃からシンセサイザーを駆使したサウンドが大流行し、音的に凄く進歩しました。
80年代は、サウンドの年代とも言えるかもしれません。
沢田研二さんは、逸早く新しいサウンドを取り入れて、流行の先端を常に走ってた印象があります。

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沢田研二
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2007/5/24 木曜日

「ハートで勝負」〜石野真子

Filed under: 1980年登場曲, 石野真子 — ベストテンマニア:K @ 22:15:18

「ハートで勝負」〜石野真子 最高9位(ベストテン内1週ランクイン)

石野真子さんの「春ラ!ラ!ラ!」に続く2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
2曲目にして最後のランクイン曲です。

1980年5月8日に9位で初登場。
1週のみランクインで、20位以内では8週ランクイン。
1980年の年間50位圏外。

1980/04/24    14位
1980/05/01    11位
1980/05/08     9位
1980/05/15    11位
1980/05/22    12位
1980/05/29    13位
1980/06/05    15位
1980/06/12    16位

オリコンチャートでは、最高15位(売り上げ枚数不明)で、年間100位圏外。
売り上げ枚数ですが、10万枚前後だと思います。
石野真子さんは、全体的に意外とシングルセールスが弱かったです。

この「ハートで勝負」で、2曲目のベストテン入りを果たしましたが、1週のみ。
前作の「春ラ!ラ!ラ!」が最高10位に対し、「ハートで勝負」は、最高9位。
石野真子さん的には、自己最高でした。

この曲で、1980年の紅白歌合戦にも2回目の出場。
当時のテレビの音楽番組やアイドル番組でも、毎週の様に石野真子さんは出演し、「ハートで勝負」もテレビで何度も流れました。
石野真子さんは、なかなかベストテンヒットに縁が無かったのが残念。

「ハートで勝負」は、曲の冒頭でスカートに隠したトランプを取り出す姿が記憶に残ってます。
明るい感じの曲でした。

石野真子さんは、シングルセールスは、いまいちながら、アイドルとしての人気はトップクラスだったと思います。
ブロマイド売り上げや、人気アイドル投票等、テレビやアイドル雑誌のランキングでは、1位が多かったです。
1980年の前半までは、国民的アイドルでした。
しかしその後、松田聖子さんや河合奈保子さん等、80年アイドル達がデビューすると同時に人気は下降気味。
一気に追いやられてしまった感じがあります。

石野真子さんのその後のシングルは、「めまい」が最高16位で、20位圏内もこの曲で最後。
その後、「彼が初恋」「恋のハッピーデート」「明日からサンバ」「彩りの季節 」「恋のサマー・ダンス」「バーニング・ラブ 」と発表し、1981年の夏、長淵剛さんと電撃結婚し、芸能界を一時引退しました。
その後、離婚し、再び芸能界に復帰し、歌手としても活動を始めますが、主に女優業として活躍します。
石野真子さんの妹の石野曜子さんも1985年頃、芸能界入りし歌手として活動しました。

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2007/5/23 水曜日

「昴」〜谷村新司

Filed under: アリス, 1980年登場曲, 谷村新司 — ベストテンマニア:K @ 0:15:32

「昴」〜谷村新司 最高5位(ベストテン内12週ランクイン)

アリス谷村新司さんのソロ曲です。
この「昴」が、谷村新司さんにとってザ・ベストテン初登場曲でした。

1980年5月8日に10位で初登場。
最高5位で、10位以内に12週、20位以内に16週ランクイン。
1980年の年間15位でした。

1980/05/01    15位
1980/05/08    10位
1980/05/15    10位
1980/05/22     8位
1980/05/29     5位
1980/06/05     6位
1980/06/12     6位
1980/06/19     7位
1980/06/26     8位
1980/07/03     6位
1980/07/10     5位
1980/07/17     5位
1980/07/24     9位
1980/07/31    11位
1980/08/07    14位
1980/08/14    16位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(67.6万枚)で、年間12位でした。
67.6万枚のセールス決して低くは無く、大ヒットの部類ですが、ミリオンセラーになっても不思議じゃない印象があります。

ザ・ベストテンでは、最高が6位ですが、これは意外です。
もっと上位に入っていた印象があります。

この「昴」では、2回ほど谷村新司さんは、ザ・ベストテンに出演しました。
初登場の時に出演した時は、月の表面の様な星空のセットが豪華で特に記憶に焼き付いてます。
ザ・ベストテンでも、谷村新司さんの「昴」のシーンは、その後名場面集で何度も流れました。
曲のイメージを更に引き立てるセットで、もしかしたらこの曲のヒットに、ザ・ベストテンでのセットが関係してるかもしれませんね。

この谷村新司さんの「昴」は、、当時レコード大賞と紅白歌合戦には全く関与されませんでした。
当時の御時世から考えると谷村さん側の出演拒否と思われます。
その後、1987年に谷村新司さんは、紅白歌合戦に初出場し、この「昴」を歌いました。
そして、その頃から中国を始めアジア各地で、この「昴」が大ヒットし、アジア各地のシンガーによって多くカバーされ、日本以上に定着されているそうです。

個人的には、1980年当時の谷村新司さんの「昴」が好きです。
どうも、後年になってから、谷村さんがいろんな歌番組でこの曲を歌う様になり、「昴」のイメージが軽くなってしまった気がします。
軽くなったと言うか、演歌っぽくなってしまった感じがします。
ザ・ベストテンに出演した頃は、もっとニューミュージックなイメージが強かったです。

谷村新司さんは、その後ソロとして1981年に「群青」を発表しザ・ベストテンでは最高17位。
そして「青年の樹」「風は激しく」「スーパースター」「夢の世代」とシングルを発表。
1984年「22歳」で、再びザ・ベストテンにランクインし、出演しました。
谷村新司と言えば、「昴」と出て来る程、この曲は定着してますが!

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谷村新司さんのプロフィール
1948年12月11日。
1965年、フォーク・グループ「ロック・キャンディーズ」を結成。
1971年、アリスを結成する。
1972年、シングル「走っておいで恋人よ」でデビュー。
1978年、アリスとして「冬の稲妻」が大ヒットし、その名を世間に知られるようになる。同年、山口百恵に提供した「いい日旅立ち」が話題となり大ヒットする。
1980年、ソロシングル「昴」が大ヒットし、アジア各地でも知られるようになる。
1981年、アリスでの活動を休止、ソロ活動に専念する。
1984年、シングル「22歳」がヒットする。小川知子とのデュエット曲「忘れていいの」もヒットする。
1987年、紅白歌合戦にソロとして初出場する。アリスでの活動を再開する。
2003年、コンサート・ツアーを一旦休止。
2004年、中国・上海音楽学院で教授を務めている。

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2007/5/21 月曜日

「蜃気楼」〜クリスタルキング

Filed under: 1位獲得曲, クリスタルキング, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:23:37

「蜃気楼」〜クリスタルキング 最高1位4週(ベストテン内12週ランクイン)

クリスタルキングの「大都会」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「蜃気楼」でも1位を獲得。

1980年4月24日に9位で圏外から初登場。
最高1位を4週。
10位以内に12週、20位以内に13週ランクイン。
1980年の年間17位でした。

1980/04/24     9位
1980/05/01     8位
1980/05/08     3位
1980/05/15     2位
1980/05/22     1位
1980/05/29     3位
1980/06/05     1位
1980/06/12     1位
1980/06/19     1位
1980/06/26     4位
1980/07/03     8位
1980/07/10    10位
1980/07/17    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(54.6万枚)で、年間16位でした。

この「蜃気楼」は、資生堂の夏のキャンペーンCMソングでした。
この頃から、春先に化粧品CMの夏のキャンペーンソングが流れるようになりました。
化粧品CMソングのタイアップで80年代は、たくさんのヒット曲が生まれました。

クリスタルキングは、前作の「大都会」に続いて、この「蜃気楼」も大ヒットし、ザ・ベストテンで2曲連続1位を獲得しました。
クリスタルキングのイメージとしては、「大都会」のイメージが強く、この「蜃気楼」は、影に隠れる感じですが、この「蜃気楼」だけを取っても1980年の代表的な大ヒット曲です。

この「蜃気楼」が、クリスタルキングにとって最後のザ・ベストテンランキング曲となり、2曲のみの登場でした。
次のシングル「処女航海」は、最高13位。
1982年のシングル「セシル」がロングセラーになりましたが、ランク外。
1984年のヒットアニメ「北斗の剣」の主題歌「愛をとりもどせ」が当時話題になりましたが、この曲もランク外でした。

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2007/5/20 日曜日

「謝肉祭」〜山口百恵

Filed under: 1位獲得曲, 山口百恵, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:37:21

「謝肉祭」〜山口百恵 最高1位3週(ベストテン内9週ランクイン)

山口百恵さんの「愛染橋」に続く、10曲目のザ・ベストテン登場曲です。
山口百恵さんにとって、3曲目の1位獲得曲です。

1980年4月17日に6位で初登場。
5月8日に1位を獲得し、計3週1位を獲得。
10位以内に9週。20位以内に12週ランクイン。
1980年の年間23位でした。

1980/04/10    14位
1980/04/17     6位
1980/04/24     4位
1980/05/01     4位
1980/05/08     1位
1980/05/15     1位
1980/05/22     2位
1980/05/29     1位
1980/06/05     4位
1980/06/12     7位
1980/06/19    12位
1980/06/26    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高4位(28.6万枚)で、年間48位でした。
ザ・ベストテンでは1位を取ったイメージが強く、この曲ももっと売れた印象があります。

「謝肉祭」は、エキゾチックな曲でした。
ローマ時代を思わせるオリエンタルな衣装も印象的です。
スペイン超なメロディで、なんとなくカルメンをイメージさせます。
このエキゾチックな雰囲気が、山口百恵さんとマッチしてました。
個人的には、山口百恵楽曲の中では特に好きな曲です。

しかしこの「謝肉祭」は、1990年代後半に、さびの部分の「ジプシー」と言う言葉が差別用語となり、レコード会社が自粛し、その後に発売されたベストCDから外される様になりました。
山口百恵さんの引退コンサートでも「謝肉祭」は、歌われましたが、DVDからもカットされました。
時代性と言うか、個人的には、やり過ぎだと思います。
最近になって、全曲ニューアレンジのCD「コンプリート百恵回帰」とライブCD・DVD BOX「MOMOE LIVE PREMIUM」に「謝肉祭」が収録されました。
山口百恵さんは、たくさんのベストCDが発売されてますが、この「謝肉祭」が収録されているCDは少ないのが現状です。
全曲ニューアレンジのCD「コンプリート百恵回帰」は、百恵さんの歌声のみ当時のままで、アレンジは大幅に変わってます。

この「謝肉祭」のヒット中に山口百恵さんは、三浦友和さんとの婚約発表し、世間を騒がせました。
当時、歌番組で「謝肉祭」を歌う山口百恵さんの表情に余裕があり、完成された一人のシンガーとして貫禄をも感じさせました。
シンガーとして絶頂期に引退宣言をし、山口百恵さんの個性と言うか、らしさをも感じさせました。

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