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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/3/25 日曜日

「関白宣言」〜さだまさし

Filed under: 1979年登場曲, さだまさし — ベストテンマニア:K @ 21:20:51

「関白宣言」〜さだまさし 最高1位(ベストテン内15週ランクイン)

さだまさしさんの「天までとどけ」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「関白宣言」は、当時大ブームとなり、さだまさしさん最大のヒット曲となりました。

1979年8月2日に圏外からいきなり10位で初登場。
最高2位で、10位以内に15週。
20位以内に18週ランクインしました。
1979年のザ・ベストテンの年間6位でした。

1979/08/02    10位
1979/08/09     8位
1979/08/16     3位
1979/08/23     3位
1979/08/30     3位
1979/09/06     3位
1979/09/13     3位
1979/09/20     2位
1979/09/27     2位
1979/10/04     4位
1979/10/11     6位
1979/10/18     5位
1979/10/25     8位
1979/11/01     7位
1979/11/08     8位
1979/11/15    13位
1979/11/22    16位
1979/11/29    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(122.7万枚)で、年間4位(99.0万枚の売り上げで)でした。
オリコンでは、1位を獲得し、ミリオンセラーとなりました。

ザ・ベストテンでは、当時さだまさしさんは中継が多く、この曲もコンサート会場からの中継が多かった様な記憶があります。
コミカルなトークが印象的でした。

この「関白宣言」は、3番まである長い曲で、当時ザ・ベストテンではノーカットで歌われました。
フルで歌うことが出演の条件だったと思います。
NHKの紅白歌合戦でも、ノーカットで歌われてました。

詞の内容は、「関白宣言」のタイトルそのもので、当時女性団体から男女差別との批判もありました。
それに反し、大ヒットとなった要因に、強がった面を持ちつつ、どこか優しさが、この「関白宣言」には漂ってるからだと思います。

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2007/3/24 土曜日

「波乗りパイレーツ」〜ピンク・レディー

Filed under: ピンクレディー, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 20:37:44

「波乗りパイレーツ」〜ピンク・レディー 最高7位(ベストテン内6週ランクイン)

ピンク・レディーの「ピンク・タイフーン」に続く、8曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「波乗りパイレーツ」が、ピンク・レディーにとって、ベストテン最後のランクイン曲でした。

1979年7月26日に圏外からいきなり9位で初登場。
翌週11位に落ち、2週後の8月16日に再びベストテン内に返り咲きました。
最高が7位。
10位内に6週。
20位以内に9週ランクイン。
ザ・ベストテンの1979年の年間49位でした。

1979/07/26     9位
1979/08/02    11位
1979/08/09    11位
1979/08/16     8位
1979/08/23     7位
1979/08/30     7位
1979/09/06     9位
1979/09/13     8位
1979/09/20    15位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高4位(24.2万枚)で、年間52位でした。
オリコンでも、この「波乗りパイレーツ」が、ピンクレディーの最後のトップテンヒット曲でした。

「波乗りパイレーツ」は、夏をイメージした曲でした。
ザ・ベストテンでは、熱帯魚が出てきたり、常夏をイメージさせたセットが多かったです。
ヒラヒラしたハワイアンな衣装だった記憶があります。
この曲のB面はビーチボーイズのコーラス入りのUSAバージョンです。
こちらも当時評判でした。

ピンク・レディーは、次に全米発売し、ビルボードで最高37位までチャートをあげた英語詞「キッス・イン・ザ・ダーク」と通常シングルの「マンデー・モナリザ・クラブ」の2曲をほぼ同時に発表します。
ビルボードランクインの「キッス・イン・ザ・ダーク」が、意外とベストテンでは20位圏内に届かず。
「マンデー・モナリザ・クラブ」の方は、最高14位でした。

その後「DO YOUR BEST」「愛・GIRI GIRI」「世界英雄史」「うたかた」「リメンバー」「ラスト・プリテンダー」「OH!」とシングルを出しますが、いずれも大きなヒットにはなりませんでした。
曲調も大人っぽい曲へと変化し、楽曲的には評価は高いと思いますが、かなりマイノリティな人気でした。

ザ・ベストテンでは、1980年の3月にラストシングル「OH!」で、スポットライトコーナーに出演。
ピンクレディーは、1980年4月、後楽園球場(現東京ドーム)にて最後のコンサートを開き、解散しました。

解散後は、それぞれソロとして活動し、その後それぞれソロ曲でベストテンに登場しました。
ケイこと増田恵子さんは、1982年に中島みゆき作「すずめ」が、最高9位。
ミーことMIEさんは、1984年に「NEVER」が最高3位。
MIEさんの「NEVER」のヒット中の1984年にピンク・レディーは一度再結成し、「不思議LOVE」でザ・ベストテンのスポットライトコーナーに出演しました。

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2007/3/22 木曜日

「銀河鉄道999」〜ゴダイゴ

Filed under: 1位獲得曲, ゴダイゴ, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 20:34:20

「銀河鉄道999」〜ゴダイゴ 最高1位7週(ベストテン内15週ランクイン)

ゴダイゴの「ビューティフル・ネーム」に続く4曲目のザ・ベストテン登場曲。
この「銀河鉄道999」で、ゴダイゴは初のザ・ベストテン1位を獲得しました。

1979年7月26日に10位で初登場。
8月23日に1位に輝き、7週連続獲得。
10位以内に15週。
20位以内に17週ランクイン。
ザ・ベストテン1979年の年間8位でした。

1979/07/19    17位
1979/07/26    10位
1979/08/02     8位
1979/08/09     5位
1979/08/16     2位
1979/08/23     1位
1979/08/30     1位
1979/09/06     1位
1979/09/13     1位
1979/09/20     1位
1979/09/27     1位
1979/10/04     1位
1979/10/11     4位
1979/10/18     7位
1979/10/25     6位
1979/11/01     8位
1979/11/08    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(66.6万枚)で、年間14位でした。
ゴダイゴは、この年に大ヒットした「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「ビューティフル・ネーム」そしてこの「銀河鉄道999」の4曲全てが2位留まりで、オリコンでの1位はありませんでした。
これも、ちょっと意外な感じです。
それでも売り上げ枚数的には、1979年最も売れたバンドでした。

この「銀河鉄道999」は、同タイトルの松本零士作のアニメ映画の主題歌でした。
当時、テレビアニメ「銀河鉄道999」が大ブレイクしてた時で、この年の夏に公開した映画版も大ヒットしました。

ゴダイゴのこの「銀河鉄道999」は、旅立ちをイメージさせる曲です。
当時、子供心に浪漫の様なイメージをこの曲に持ってました。
当時の子供達は、アニメ作品を始めこの「銀河鉄道999」の虜だったのでは?と思います。
個人的にも、当時からこの曲が大好きで、ザ・ベストテンでこの曲が流れると、画面に噛り付いてた記憶があります。
ゴダイゴの名曲中の名曲だと思います。

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2007/3/21 水曜日

「おもいで酒」〜小林幸子

Filed under: 1979年登場曲, 小林幸子 — ベストテンマニア:K @ 20:48:10

「おもいで酒」〜小林幸子 最高5位(ベストテン内15週ランクイン)

小林幸子さんの初のザ・ベストテン登場曲です。
演歌としては、渥美二郎さんに続いて2人目でした。

1979年7月19日に7位で初登場。
最高5位でした。
ベストテン内には合計15週登場し、20位以内では31週と長くランクインしました。
ザ・ベストテンの1979年の年間1位を記録しています。

1979/06/21    19位
1979/06/28    13位
1979/07/05    13位
1979/07/12    11位
1979/07/19     7位
1979/07/26     7位
1979/08/02     7位
1979/08/09     6位
1979/08/16     5位
1979/08/23     5位
1979/08/30     6位
1979/09/06     5位
1979/09/13     6位
1979/09/20     9位
1979/09/27    12位
1979/10/04     8位
1979/10/11     8位
1979/10/18     9位
1979/10/25     9位
1979/11/01    11位
1979/11/08    10位
1979/11/15    14位
1979/11/22    15位
1979/11/29    16位
1979/12/06    15位
1979/12/13    15位
1979/12/20    16位
1979/12/27    15位
1980/01/10    17位
1980/01/17    19位
1980/01/24    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(138.3万枚)で、年間では99.7万枚の売り上げで3位でした。
この「おもいで酒」が小林幸子さんの出世作で、自己最高のセールスを記録しました。

ザ・ベストテンでも記録的な超ロングセラー曲でした。
当時、演歌がベストテンにランクインすることは稀で、小林幸子さんが一人浮いていた様な感じがしました。

小林幸子さんと言えば、紅白歌合戦での派手な衣装(セット)で有名ですが、当時は地味な白のドレスで登場。
オーバーなリアクションは、当時からでした。(笑)

小林幸子さんは、「おもいで酒」「とまり木」と2曲、ザ・ベストテンに登場しました。
1979年の年間ベストテンにて1位に輝き、涙を流しながらこの「おもいで酒」を熱唱しました。

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小林幸子さんのプロフィール
1953年12月5日生まれ。
1964年、「うそつき鴎」でデビュー。
1979年、「おもいで酒」がミリオン・セラーになり大ヒット。レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。紅白歌合戦初出場。
1980年、「とまり木」が2曲目の大ヒット。
1984年、美樹克彦とデュエットした「もしかしてPartII」がヒット。
1990年代から、紅白歌合戦での衣装が派手になり、美川憲一との衣装対決が恒例となる。

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2007/3/20 火曜日

「カリフォルニア・コネクション」〜水谷豊

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1位獲得曲, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 20:44:43

「カリフォルニア・コネクション」〜水谷豊 最高1位4週(ベストテン内12週ランクイン)

水谷豊さんのザ・ベストテン初登場曲です。
この「カリフォルニア・コネクション」は、水谷豊さん主演ドラマ「熱中時代・刑事編」の主題歌として当時大ヒットしました。

1979年7月12日に9位で初登場。
2週後の7月26日に1位に輝きました。
4週連続1位で、10位以内に12週。
20位以内に18週ランクインしました。
ザ・ベストテンの1979年の年間4位でした。

1979/06/14    19位
1979/06/21    20位
1979/06/28    14位
1979/07/05    11位
1979/07/12     9位
1979/07/19     5位
1979/07/26     1位
1979/08/02     1位
1979/08/09     1位
1979/08/16     1位
1979/08/23     2位
1979/08/30     2位
1979/09/06     2位
1979/09/13     2位
1979/09/20     3位
1979/09/27     7位
1979/10/04    13位
1979/10/11    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(65.5万枚)で、年間12位でした。
オリコンでは、1位こそ取れませんでしたが、1979年を代表する大ヒットです。

水谷豊さんは、主に俳優として活躍してましたが、歌手としても活動し、この「カリフォルニア・コネクション」が本人にとっても代表曲です。
前年の1978年に、ザ・ベストテンのスポットライトコーナーに中継で出演し、「表参道軟派ストリート」を歌った経験もあります。

ザ・ベストテンでは、当時「熱中時代・刑事編」の収録現場からの中継がほとんどで、一度もベストテンのスタジオでは歌われなかった記憶があります。
かなり緊張するとのことで、ほとんどトークも無かった印象です。

特にこの時期の水谷豊さんは、「熱中時代」のイメージが強く、番組も高視聴率を取り人気番組でした。
ドラマの中での水谷豊さんは、とぼけた感じでユニークなキャラクターでしたが、ザ・ベストテンに出演している時は、シャイで無口な印象が強かったです。
このギャップが、妙に印象強いです。
その辺りも当時話題となり、「カリフォルニア・コネクション」が大ヒットし、ベストテンで1位を取った要因かもしれません。

水谷豊さんは、翌年1980年にも「熱中時代」の主題歌「やさしさ紙芝居」を歌い、ザ・ベストテンでは最高15位でした。
(残念ながらベストテン入りせず)
その他、「あす陽炎」「はあとふる」「普通のラブソング」「何んて優しい時代」等のシングルを発表しました。
最近では、ドラマ「相棒」シリーズで活躍してます。

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水谷豊さんのプロフィール
1952年7月14日生まれ。
1965年、「劇団ひまわり」に入団する。
1968年、「バンパイヤ」で主役を演じ芸能界デビューする。
1970年、映画「その人は女教師』で映画デビュー。
1974年、主演ドラマ「傷だらけの天使」が話題となる。
1976年、映画「青春の殺人者」で、キネマ旬報賞主演男優賞を最年少で受賞する。
1977年、「はーばーらいと」(作詞:松本隆、作曲:井上陽水)で歌手デビュー。
1978年、「表参道軟派ストリート」がヒットする。主演ドラマ「熱中時代」教師役を演じ大人気となる。
1979年、ドラマ「熱中時代・刑事編」が大人気となり、主題歌「カリフォルニア・コネクション」が大ヒットする。
1980年、ドラマ「熱中時代」で再び教師役を演じる。主題歌「やさしさ紙芝居」もヒットする。
その後も主にテレビドラマで活躍。
1989年、元キャンディーズの伊藤蘭と再婚する。
2002年、ドラマ「相棒」が人気となり、現在もシリーズ化している。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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