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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/1/31 水曜日

「夢一夜」〜南こうせつ

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 19:11:08

「夢一夜」〜南こうせつ 最高4位(ベストテン内7週ランクイン)

かぐや姫で知られる南こうせつさんのザ・ベストテン初登場曲です。
しかし、この頃の南こうせつさんはテレビに出ることなく、ザ・ベストテンにおいても出演拒否でした。

1978年11月30日に7位で初登場し、最高4位までランクを上げ7週間ベストテン内にランクされました。
20位以内では計12週留まりました。
ザ・ベストテンの年間チャートでは、1978年と1979年それぞれ50位圏外でした。

1978/11/30     7位
1978/12/07     4位
1978/12/14     5位
1978/12/21     4位
1978/12/28     8位
1979/01/11     9位
1979/01/18     8位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(45.1万枚)の大ヒットでした。
オリコンの1978年の年間チャートでは100位圏外でしたが、1979年では30位にランクされてます。

この「夢一夜」は、当時のCMソングだった記憶があります。
(何のCMだったのかは覚えてません)
ザ・ベストテンでは、南こうせつさんは、この「夢一夜」が1曲のみのランクインでした。

南こうせつさんは、かぐや姫時代に「神田川」「赤ちょうちん」「妹よ」とヒット曲も多く、ソロになってからこの「夢一夜」が大ヒットしました。
当時は、全くテレビでは歌われなかったのですが、最近はテレビにも出演するようになり、紅白歌合戦等で、この「夢一夜」を歌うこともありました。

余談ですが、南こうせつさんは、かぐや姫時代に「神田川」の大ヒットで、NHKから紅白歌合戦の出演依頼が来たそうですが、歌詞の「クレパス」が商品名な為「クレヨン」に変更して歌うように伝えられ、その理由で出演拒否をしたとのことです。
1990年代になってから、数回紅白歌合戦にも出場するようになりました。

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南こうせつさんのプロフィール
1949年2月13日生まれ。
1970年、「最後の世界 / むなしいうた」でソロデビュー。同年「南高節とかぐや姫」として「酔いどれかぐや姫」をリリース。
1971年、メンバーを交代して「南こうせつとかぐや姫」を結成。アルバム「はじめまして」をリリース。
1973年、シングル「神田川」が86.5万枚の大ヒット。
1975年、かぐや姫を解散しソロ活動を開始する。
1993年、東京ドームでのサイモン&ガーファンクルの来日コンサートで、前座を務める。
2006年9月23日、吉田拓郎の呼びかけで再結成する。静岡県掛川市で「つま恋2006」を行い、9時間半のコンサートに、日本各地から35,000人のファンが集まった。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/1/30 火曜日

「たそがれマイ・ラブ」〜大橋純子

Filed under: 大橋純子, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:41:12

「たそがれマイ・ラブ」〜大橋純子 最高6位(ベストテン内5週ランクイン)

1978年11月23日に8位で初登場。
この「たそがれマイ・ラブ」が、大橋純子さんにとって初のヒット曲でした。
1978年の8月に発売され、じわじわヒットチャートを駆け上り、年末にかけて大ヒットしました。
ベストテン内には5週間のみランクインでしたが、20位以内に13週留まり、この年のザ・ベストテンの年間チャートでは、44位にランクインされました。

1978/11/23     8位
1978/11/30     6位
1978/12/07     8位
1978/12/14     8位
1978/12/21    10位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(51.7万枚)で、1978年の年間チャートでは40位で、1979年の年間チャートでは59位にランクされてます。

この「たそがれマイ・ラブ」は、作詞:阿久悠、作曲:筒美京平の楽曲でした。
意外にも歌謡曲の王道コンビの曲でした。
しかし、この「たそがれマイ・ラブ」は、この年を代表する名曲で、大橋純子さんの卓越した歌唱力と曲調がマッチし、大成功しました。

大橋純子さんは、見事な歌唱力で知られるボーカリストでした。
当時、日本で一番歌の上手いボーカリストと呼ばれるほどでした。
1981年のレコード大賞にて、最優秀歌唱賞も受賞しています。

「たそがれマイ・ラブ」以降、「サファリ・ナイト」「ビューティフル・ミー」「燃えつきて」とシングルを出すものの、ベストテンランク外でした。
1981年、作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお楽曲の「シルエット・ロマンス」が大ヒットし、再びベストテン入りを果たします。

大橋純子さんは、2005年に発売された山口百恵トリビュート Thank You For・・・part2にて、「美・サイレント」をカバーし、話題となりました。

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大橋純子さんのプロフィール
1952年4月26日生まれ。
1974年、「フィーリングナウ」で、デビュー。
1977年、「シンプル・ラブ」が、ヒットし人気を得る。この頃、大橋純子と美乃家セントラル・ステイションと言うバンド名で活動する。(ギタリストは、一風堂の土屋昌巳)
1978年、「たそがれマイ・ラブ」が大ヒット。レコード大賞候補の金賞受賞。
1979年、「ビューティフル・ミー」で、紅白歌合戦初出場。
1982年、「シルエット・ロマンス」が大ヒット。レコード大賞最優秀歌唱賞受賞。

ゴールデン☆ベスト 大橋純子 シングルス
ユニバーサルインターナショナル
発売日:2003-11-26


大橋純子

リッスンジャパンミュージックストア

↑大橋純子さんの曲のダウンロードが出来ます。(視聴可能)

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/1/29 月曜日

「みずいろの雨」〜八神純子

Filed under: 八神純子, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:02:32

「みずいろの雨」〜八神純子 最高2位(ベストテン内9週ランクイン)

1978年11月16日に9位で初登場。
この「みずいろの雨」が、八神純子さんのザ・ベストテン初登場曲でした。
1978年の年間チャートでは、42位にランクイン。
1978年から1979年にかけてヒットしました。

1978/11/16     9位
1978/11/23     4位
1978/11/30     3位
1978/12/07     2位
1978/12/14     4位
1978/12/21     3位
1978/12/28     3位
1979/01/11     8位
1979/01/18    10位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(58.8万枚)でした。
オリコンの年間チャートは、1978年が59位で、1979年が32位でした。

この「みずいろの雨」は、八神純子さんにとって「パープル・タウン」と並ぶ代表曲です。
ピアノを弾きながら歌う八神さんが印象的です。
歌唱力も抜群で、レコード大賞の最優秀歌唱賞にノミネートされたこともあります。

八神純子さんは、当時ザ・ベストテンにて、司会の久米宏さんに体系のことや衣装のことで、からかわれることが多く、久米さんとのやり取りが名物と言った感じでした。
御本人は、そのことを気にしてると後に語ってます。

八神純子さんは、1974年頃から多数のコンテスト等で活躍し、1978年に「思い出は美しすぎて」で正式にデビューし、「みずいろの雨」が大ヒットし、70年代後半から80年代前半にかけて、大活躍しました。
「みずいろの雨」以降、「想い出のスクリーン」「ポーラー・スター」「パープルタウン」「Mr.ブルー」と5曲ザ・ベストテンにランクインしました。

1984年に河合奈保子さんへの提供曲「コントロール」(作曲のみ)がザ・ベストテンにランクインしました。

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八神純子さんのプロフィール
1958年1月5日生まれ。
1974年、POPCONに出演。
1978年、「思い出は美しすぎて」で、デビュー。「みずいろの雨」が大ヒット。
1980年、「パープルタウン」が大ヒットし、紅白歌合戦に初出場。
1986年、プロデューサーであるジョン・スタンレー氏とハワイにて挙式。

八神純子2CD BEST 1978~1983
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2005-03-23
ベスト
キングレコード
発売日:2003-03-26


八神純子

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2007/1/28 日曜日

「季節の中で」〜松山千春

Filed under: 1位獲得曲, 松山千春, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:28:57

「季節の中で」〜松山千春 最高1位7週(ベストテン内12週ランクイン)

この「季節の中で」で、松山千春さんは、初めてザ・ベストテンにランクインしました。
1978年11月2日に5位で初登場し、2週後の11月16日に1位に輝きました。
ザ・ベストテン1978年の年間チャートでは、14位でした。

1978/11/02     5位
1978/11/09     3位
1978/11/16     1位
1978/11/23     1位
1978/11/30     1位
1978/12/07     1位
1978/12/14     1位
1978/12/21     1位
1978/12/28     1位
1979/01/11     4位
1979/01/18     6位
1979/01/25     6位

年をまたがってのヒットで、1978年の秋から1979年初旬にかけてヒットしました。
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(85.1万枚)で、1978年の年間26位、1979年の年間24位でした。

ベストテンでは、世良公則&ツイストの「銃爪」の10週連続1位を10週で阻止したのが、この松山千春さんの「季節の中で」です。
「銃爪」の記録を抜いた寺尾聡さんの1981年の大ヒット曲「ルビーの指環」の12週連続1位を12週で阻止したのも松山千春さんでした。(「長い夜」で)

この「季節の中で」は、当時、三浦友和主演のグリコのCMソングで、少しずつ松山千春さんの評価も高まりつつあった1978年に大ブレイクしました。
テレビでは、一切歌われなかった曲が、ザ・ベストテンの1位になったのは、この曲が初めてです。
(後にもほとんど例がありません)

松山千春さんは、当時音楽番組は全て出演拒否で、ザ・ベストテンも出る意思は無いと表明されてましたが、当時番組スタッフが、根強い出演交渉をし続け、ファンからのリクエストハガキを松山さんに直接見せたことで、1度だけ生で歌うことを松山さんが了承し、中継で出演し大きな話題となりました。
再び1981年の「長い夜」の時に中継で出演しましたが、インタビューのみで曲はライブ映像でした。

松山千春さんは、ザ・ベストテン開始前の1977年の「旅立ち」でデビューし、この「季節の中で」が始めてのヒット曲でした。
「季節の中で」以降、「」「夜明け」「」「人生の空から」「長い夜」「ふるさと」と7曲連続ベストテンランクインを果たしてます。
その後、「夜よ泣かないで」が最高13位、「夢の旅人」が最高11位で、「Sing a Song」(最高9位)で再びベストテンにランクインしました。

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松山千春さんのプロフィール
1955年12月16日生まれ。
1977年、「旅立ち」でデビュー。
1978年、「季節の中で」が初の大ヒットで、ベストテン始めオリコンでも1位を取る。
1981年、「長い夜」が大ヒットし、再び各チャートで1位を取る。
1985年、結婚する。
1980年代後半辺りから、夜のヒットスタジオを始め、各音楽番組にも出演するようになる。
1990年代、俳優としても活躍する。

起承転結
ポニーキャニオン
発売日:1994-05-20


松山千春

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2007/1/27 土曜日

「ブルー」〜渡辺真知子

Filed under: 渡辺真知子, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:30:20

「ブルー」〜渡辺真知子 最高9位(ベストテン内4週ランクイン)

1978/10/19     9位
1978/10/26    10位
1978/11/02   (11位)
1978/11/09    10位
1978/11/16   (12位)
1978/11/23    10位

渡辺真知子さんの「かもめが飛んだ日」に続く、ザ・ベストテンランクイン曲「ブルー」
1978年10月19日に9位で登場。
11月9日と11月16日にベストテン圏外にランクを落としますが、2度返り咲きしました。
合計4週ベストテンにランクインしました。

20位以内には合計13週ランクされ、ザ・ベストテン1978年年間チャートでは、34位でした。
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高10位(33.3万枚)で、年間52位でした。

デビュー曲の「迷い道」と2曲目の「かもめが飛んだ日」に比べると、やや印象が薄い曲ですが、しっとりした大人っぽい曲です。
1978年は、新人賞を総なめしたり、3曲連続ベストテンにランクインしたり、渡辺真知子さんにとって、最も活躍した年でした。
渡辺真知子さんの次のシングル曲「たとえば・・・・たとえば」が最高11位。
その後、「別れてそして」「季節の翳りに」とシングルを出しますが、いずれもランク外。
1980年の春の化粧品CM曲の「唇よ、熱く君を語れ」で再びザ・ベストテンに登場します。

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B(フラット)m~愛することだけすればよった

2000 BEST
ソニーミュージックエンタテインメント
発売日:2000-05-24

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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