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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2006/11/29 水曜日

「赤い絆」〜山口百恵

Filed under: 山口百恵, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:00:12

「赤い絆」山口百恵 最高4位(ベストテン内5週ランクイン)

1978/01/26  8位
1978/02/02  4位
1978/02/09  5位
1978/02/16  5位
1978/02/23  9位

ザ・ベストテン第2回目の1978年1月26日に8位で初ランクイン。
山口百恵さんにとって、初のザ・ベストテン登場曲でした。
この「赤い絆」は、山口百恵主演のTBSのドラマ赤いシリーズの「赤い絆」のタイトル曲でした。
通常のシングルと言うより、企画物のイメージですね。

「赤い絆」は、山口百恵シングルの中では、比較的目立たない曲です。
ベストテン内にも5週間のみランクインでした。

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高5位(21.5万枚)でした。
1978年オリコン年間チャートは、67位でした。

ところで、ベストテンの第1回目に山口百恵さんがランクインしなかったことで、当時TBS局内で大騒動となったそうです。
第1回目の1月19日のランクでは、「赤い絆」が11位で、「秋桜(コスモス)」が12位でした。
丁度、山口百恵シングルの入れ替え時と重なってしまったのです。
ベストテンの記念すべき1回目に山口百恵さんが出演しないことで、ザ・ベストテンの存続が危うかったとのことです。
ランキングを入れ替える指示もあったそうですが、当時の番組スタッフのランキングは正直に!の想いが、その後のザ・ベストテンのポリシーとなりました。

山口百恵さんは、ベストテン開始前に「青い果実」「禁じられた遊び」「春風のいたずら」「ひと夏の経験」「ちっぽけな感傷」「冬の色」「愛に走って」「横須賀ストーリー」「パールカラーにゆれて」「赤い衝撃」「夢先案内人」「イミテイション・ゴールド」「秋桜(コスモス)」とヒット曲多数でした。

「赤い絆」以降、「乙女座宮」「プレイバックPART2」「絶体絶命」「いい日旅立ち」「美・サイレント」「愛の嵐」「しなやかに歌って」「愛染橋」「謝肉祭」「ロックンロール・ウィドウ」「さよならの向こう側」と12曲ランクインさせました。

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山口百恵さんのプロフィール
本名:三浦 百恵、1959年1月17日生まれ。
1972年、「スター誕生!」で『回転木馬』を歌い、準優勝。
1973年、映画「としごろ」に出演し、同名の曲で歌手としてもデビュー。森昌子・桜田淳子と共に花の中三トリオと呼ばれた。
1974年、「ひと夏の経験」が大ヒットし、レコード大賞の大衆賞を受賞。紅白歌合戦にも初出場。映画「伊豆の踊り子」に初主演。
1975年、TBSドラマ「赤い疑惑」で主役を演じ、大評判となる。
1976年、「横須賀ストーリー」が大ヒット。以降、阿木燿子・宇崎竜童夫妻の作品で新境地を開拓。
1977年、さだまさし作詞作曲の「秋桜(コスモス)」が大ヒット。
1978年、「プレイバックPART2」と谷村新司作詞作曲の「いい日旅立ち」が大ヒット。紅白歌合戦に至上最年少でのトリを努める。
1979年、俳優の三浦友和と交際発表。
1980年、引退、結婚を発表し、同年10月に日本武道館にて引退コンサートを開く。11月に結婚。
1982年、作詞家としてアン・ルイスに提供した「ラ・セゾン」がヒット。

GOLDEN☆BEST/PLAYBACK MOMOE part2
Sony Music Direct
発売日:2002-06-19

山口百惠全曲集

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2006/11/28 火曜日

「UFO」〜ピンク・レディー

Filed under: ピンクレディー, 1位獲得曲, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:36:56

「UFO」ピンクレディー 最高1位(3週)(ベストテン内11週ランクイン)

1978/01/19  1位
1978/01/26  1位
1978/02/02  1位
1978/02/09  2位
1978/02/16  2位
1978/02/23  3位
1978/03/02  2位
1978/03/09  2位
1978/03/16  4位
1978/03/23  4位
1978/03/30  8位

ザ・ベストテン第1回放送で、1位にランクイン。
記念すべきザ・ベストテン最初の回の1位が、このピンク・レディーの「UFO」でした。
11週間、ベストテン内にランクインしました。

この「UFO」は、ピンク・レディーの最大のヒット曲で、155万枚のシングルレコード売り上げを記録してます。
前年の1977年12月に発売され、ベストテンの第1回目で、堂々の1位を獲得しました。
その後もピンク・レディーと言ったら「UFO」と出てくるくらい、スタンダードな曲となりました。
ピンク・レディーを知らない世代にまで、浸透してます。

「UFO」は、年間ベストテンで、15位にランクインしました。
オリコンチャートの年間チャートでは、1位でした。

ピンクレディーは、ザ・ベストテン開始前に「ペッパー警部」「SOS」「カルメン’77」「渚のシンドバッド」「ウォンテッド」と5曲のシングルを出し、いずれも大ヒットしました。
前年の1977年とベストテン開始年の1978年の2年に渡り、爆発的に売れまくってました。

「UFO」以降、ベストテンに「サウスポー」(1位獲得)「モンスター」「透明人間」「カメレオン・アーミー」「ジパング」「ピンク・タイフーン」「波乗りパイレーツ」と8曲ランクインしました。

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ピンクレディーのプロフィール
ミー(未唯、本名: 根本美鶴代、1958年3月9日生まれ)
ケイ(増田惠子、本名: 桑木啓子、1957年9月2日生まれ)
1971年、中学2年の時、ケイがミーの在学する中学校に転校し、演劇部に入ったことで2人が知り合う。
1976年、日本テレビの「スター誕生!」にて合格し、「ペッパー警部」でデビュー。
1977年、「SOS」が、初のオリコン1位を獲得。続く「カルメン’77」も大ヒット。「渚のシンドバッド」が初のミリオンセラー。「ウォンテッド」が、12週連続オリコン1位を記録。この年、レコード大賞の大衆賞を受賞。紅白歌合戦初出場。
1978年、「UFO」「サウスポー」「モンスター」と「渚のシンドバット」以降ミリオンセラーが5曲続く。「UFO」で、レコード大賞を受賞。紅白歌合戦を辞退し話題となる。
1979年、全米デビューシングル「KISS IN THE DARK」が、ビルボード誌のTOP40にもランクインした。
1980年、活動をアメリカに移し渡米する。秋に解散発表。
1981年、後楽園球場で解散コンサートを開く。
1984年、期間限定で再結成する。
1989年、1990年、2000年と再結成し紅白歌合戦に出場。
2003年〜2005年、全国ツアーを行う。

〈COLEZO!〉ピンク・レディー ベスト
ビクターエンタテインメント
発売日:2005-03-09


ピンク・レディー

リッスンジャパンミュージックストア

↑ピンク・レディーの曲のダウンロードが出来ます。(視聴可能)

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2006/11/27 月曜日

「わな」〜キャンディーズ

Filed under: キャンディーズ, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:53:26

「わな」キャンディーズ 最高2位(ベストテン内7週ランクイン)

1978/01/19  2位
1978/01/26  3位
1978/02/02  3位
1978/02/09  3位
1978/02/16  4位
1978/02/23  4位
1978/03/02  9位

ザ・ベストテン第1回放送で、2位にランクイン。
キャンディーズの初のザ・ベストテン登場曲でした。
7週間、ベストテン内にランクインしました。
「わな」は、1978年の年間ベストテンで50位でした。

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(39.2万枚)でした。
1978年オリコン年間チャートでは、30位でした。

「わな」の時のキャンディーズは、ロングドレスで大人っぽい衣装が印象的でした。
曲調もマイナーコードで、アダルトな雰囲気でした。

それまで、ランちゃん(伊藤欄)がほとんどリードボーカルでしたが、この曲はミキちゃん(藤村美樹)がリードボーカルを務めました。

1977年、「普通の女の子に戻りたい」とステージ上で解散発表し、この年の春、キャンディーズは解散しました。
「わな」は、キャンディーズのシングル曲では、2番目に売れた曲でした。

キャンディーズは、ベストテン開始前に「あなたに夢中」「年下の男の子」「その気にさせないで」「ハートのエースが出てこない」「春一番」「哀愁のシンフォニー」「やさしい悪魔」「暑中お見舞い申し上げます」「アン・ドゥ・トロワ」等、ヒット曲多数。

次のシングル「微笑がえし」で、1位を獲得し、その渦中の中、解散しました。

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キャンディーズのプロフィール
ラン(伊藤蘭、1955年1月13日生まれ)
スー(田中好子、1956年4月8日生まれ)
ミキ(藤村美樹、1956年1月15日生まれ)
3人ともスクールメイツ出身。
1972年、NHKの新番組「歌謡グランドショー」のマスコットガールに3人揃って抜擢される。この番組プロデューサーから「キャンディーズ」と名付けられた。
1973年、「あなたに夢中」でデビュー。
1975年、「年下の男の子」がヒットし、紅白歌合戦初出場。
1977年、日比谷野外音楽堂のコンサートで、突如解散を発表。
1978年、後楽園球場で、解散コンサート。

GOLDEN☆BEST/キャンディーズ
Sony Music Direct
発売日:2002-06-19
2000 BEST
ソニーミュージックエンタテインメント
発売日:2000-06-21
CANDIES FOREVER
Sony Music Direct
発売日:2006-10-25

キャンディーズ バイブル

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2006/11/26 日曜日

「しあわせ芝居」〜桜田淳子

Filed under: 桜田淳子, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 18:27:02

「しあわせ芝居」桜田淳子 最高3位(ベストテン内4週ランクイン)

1978/01/19   3位
1978/01/26   4位
1978/02/02   5位
1978/02/09   8位

ザ・ベストテン第1回放送で、3位にランクイン。
この「しあわせ芝居」が、桜田淳子さんのザ・ベストテン初の登場曲でした。
4週間、ベストテン内にランクインしました。

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(36.5万枚)でした。
1978年オリコン年間チャートでは、44位でした。

この「しあわせ芝居」は、中島みゆき作詞作曲でした。
桜田淳子さんは、それまでの明るいイメージの曲の多かったです。
この曲でそれまでのイメージの脱却を図ったようです。

前年の1977年の暮れに発売され、桜田淳子さんの曲の中でも、とりわけ印象強い1曲となりました。
この「しあわせ芝居」で、1978年のレコード大賞(作詞賞受賞)と紅白歌合戦に出場しました。

桜田淳子さんは、ザ・ベストテン開始前の方が活躍してました。
ヒット曲も多く、「わたしの青い鳥」「はじめての出来事」「十七の夏」「夏にご用心」「気まぐれヴィーナス」等。

ザ・ベストテンでは、「しあわせ芝居」以降、「追いかけてヨコハマ>」「リップスティック」の3曲がランクインしました。
その後は、主に女優業に活躍の場を移していきました。

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桜田淳子さんのプロフィール
1958年4月14日生まれ。
1972年、「スター誕生!」で番組史上最高の25社からプラカードが上がりデビューのキッカケとなる。
1973年、「天使も夢見る」にて歌手デビュー。 同世代の山口百恵・森昌子と合わせて花の中三トリオ(当時)と呼ばれた。「わたしの青い鳥」で、日本レコード大賞最優秀新人賞。
1974年、紅白歌合戦に初出場。
1975年、日本レコード大賞大衆賞受賞 。
1992年、統一教会の合同結婚式に参加し、話題となる。
以降、タレント業を休止中。

桜田淳子 BOX −そよ風の天使−
ビクターエンタテインメント
発売日:2003-09-21
〈COLEZO!〉桜田淳子 ベスト
ビクターエンタテインメント
発売日:2005-03-09

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での桜田淳子の曲のダウンロードサイト

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2006/11/25 土曜日

「わかれうた」〜中島みゆき

Filed under: 中島みゆき, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:16:09

「わかれうた」〜中島みゆき 最高4位(ベストテン内5週ランクイン)

1978/01/19   4位
1978/01/26   5位
1978/02/02   6位
1978/02/09   7位
1978/02/16   7位

ザ・ベストテン第1回放送で、4位にランクイン。
ザ・ベストテンの第1回目に中島みゆきさんもランクインされてました。
5週間、ベストテン内にランクインしました。

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、前年の1977年に1位を取り、76.9万枚の売り上げでした。
1978年のオリコン年間チャートでは、10位にランクされてます。

この曲は、中島みゆき初の大ヒット曲でした。
前年の1977年9月に発売され、徐々に年末にかけて売り上げを伸ばし、オリコンチャートでも1位を獲得。
この「わかれうた」の出だし、〜道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか?〜
この詞のイメージから、暗い歌を歌うシンガーソングライターのレッテルを張られてしまいました。

ところで、ザ・ベストテンにて、初の出演拒否が、この「わかれうた」での中島みゆきさんでした。
理由は、レコーディング中とか、コンサートリハーサルの為等様々でした。
中島さんは、前年に「夜のヒットスタジオ」にテレビ出演されており、テレビに対し違和感を抱いていたとのこと。
後に出版された「伝われ愛」に、そのことにも触れてました。

中島みゆきさんは、「わかれうた」以降、1978年に「おもいで河」、1979年に「りばいばる」が最高11位、1980年に「かなしみ笑い」が最高16位。
そして1980年に「ひとり上手」が再びザ・ベストテンにランクインします。

中島みゆきさんは、「わかれうた」「ひとり上手」「悪女」「誘惑」「横恋慕」と5曲をベストテン入りさせました。
いずれも出演されることはありませんでした。
ところが、1988年の年間ベストテンにて、ランクインした「MUGO・ん…色っぽい」での工藤静香さんへの応援(!?!)ってことで、声だけ(電話)出演されました。

中島みゆきさんは、他のアーチストへの提供曲も多く、ベストテンにもたくさんランクインさせました。
桜田淳子:「しあわせ芝居」「追いかけてヨコハマ
研ナオコ:「かもめはかもめ」「窓ガラス
増田けい子:「すずめ」ピンク・レディーのケイ)
柏原芳恵:「春なのに」「カムフラージュ」「最愛」「ロンリーカナリア」
工藤静香:「fu-ji-tsu」「MUGO・ん…色っぽい」「黄砂に吹かれて」(3曲とも作詞のみ)
提供曲全12曲のベストテン入り。

ベストテン終了後もコンスタントにヒット曲を出し、「浅い眠り」「空と君のあいだに」「旅人のうた」「地上の星」の4曲がミリオンセラーとなりました。
提供曲も、工藤静香さんの「慟哭」「激情」等や、最近ではTOKIOの「宙船」が大ヒットしました。

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中島みゆき さんのプロフィール
本名・中島美雪
1952年2月23日生まれ
1975年、第9回ポピュラーソング・コンテストに「傷ついた翼」が入賞。
1976年、「アザミ嬢のララバイ」でレコード・デビュー。
      「時代」で、第6回世界歌謡祭 でもグランプリを受賞。
1977年、「わかれうた」が大ヒットし、初のオリコン1位を獲得。
1979年、オールナイト・ニッポンのDJを1987年まで努め、人気番組となる。
1981年、「悪女」の大ヒットで、再びオリコン1位を獲得。
1985年、12インチシングル「つめたい別れ」では、スティーヴィー・ワンダーと共演。
1989年、「夜会」と言う、演劇風の独特のコンサートを開き、チケット取得不可能と言われるほどの話題となる。
1992年、ドラマ「親愛なる者へ」の主題歌「浅い眠り」がミリオンヒット。
1994年、ドラマ「家なき子」の主題歌「空と君のあいだに」が、再びオリコン1位を獲得し、ミリオンヒット。
1995年、ドラマ「家なき子2」の主題歌「旅人のうた」がオリコン1位を獲得し、ミリオンヒット。
2000年、NHK「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」の主題歌「地上の星」が、異例のロングヒット。
2002年、NHK「紅白歌合戦」に「地上の星」で初出場し話題となる。(1977年の夜のヒットスタジオから25年振りのテレビ生出演)
2003年、「地上の星」が、2年以上かけて、ミリオンヒットとなる。
2006年、第56回芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞。(シンガーソングライターとして初)。TOKIOへの提供曲「宙船」が大ヒットする。

愛していると云ってくれ
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2001-03-28
大吟醸
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2002-02-20
Singles
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2004-06-23

 iTunes Music Store(Japan)

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