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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/9/19 水曜日

「ツッパリHigh School Rock’n Roll(試験編)」〜T.C.R.横浜銀蝿R.S.+嶋大輔

Filed under: 1981年登場曲, 横浜銀蠅, 嶋大輔 — ベストテンマニア:K @ 22:18:20

「ツッパリHigh School Rock’n Roll(試験編)」〜T.C.R.横浜銀蝿R.S.+嶋大輔 最高8位(ベストテン内5週ランクイン)

横浜銀蠅の「羯徒毘珞薫’狼琉」に続く、3曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この曲では、横浜銀蠅ファミリーの一員、嶋大輔さんも参加されました。

1981年10月29日に10位で初登場。
最高8位。
10位以内に5週。
20位以内に10週。
1981年の年間50位圏外。

1981/10/22    18位
1981/10/29    10位
1981/11/05    12位
1981/11/12    10位
1981/11/19     8位
1981/11/26     9位
1981/12/03    10位
1981/12/10    12位
1981/12/17    14位
1981/12/24    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高6位(27.0万枚)
1981年の年間79位(18.9万枚)

この曲は、横浜銀蝿の出世作「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」の続編です。
「ツッパリHigh School Rock’n Roll(試験編)」では、曲も微妙にアレンジが変わります。

ついに来ました、試験の季節、たまにゃ親父を喜ばそ…!

学校の試験とツッパリを掛け合わせた曲です。
親孝行な曲でもありました。
当時のツッパリらしい歌詞の内容です。

この曲では、横浜銀蝿の弟分的存在の嶋大輔さんもボーカルとして登場!
ザ・ベストテンにこの曲で初登場しました。
初登場した時に嶋大輔さんは、足を骨折中でギブスを付けて出演!
バイクでの事故だったか記憶は曖昧ですが、松葉杖と横浜銀蝿のツッパリのイメージがマッチして、それだけでインパクトありました!

この曲で世に出た嶋大輔さんですが、翌年「男の勲章」が大ヒットし、ザ・ベストテンにソロで登場します。
続く「暗闇をぶっ飛ばせ」ではオリコン初登場1位を獲得。
計2曲、ザ・ベストテンにランクインします。
嶋大輔さんのプロフィールは、「男の勲章」にて)

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T.C.R.横浜銀蠅R.Sコンプリートボックス 完

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/8/29 水曜日

「羯徒毘珞薫’狼琉」〜T.C.R.横浜銀蠅 R.S.

Filed under: 1981年登場曲, 横浜銀蠅 — ベストテンマニア:K @ 22:42:17

「羯徒毘珞薫’狼琉」〜T.C.R.横浜銀蠅 R.S. 最高5位(ベストテン内5週ランクイン)

横浜銀蠅の「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
「羯徒毘珞薫’狼琉」と書いて「かっとびロックンロール」と読みます。

1981年7月23日に6位で初登場。
最高5位。
10位以内に5週。
20位以内に10週。
1981年の年間47位。

1981/07/09    12位
1981/07/16    13位
1981/07/23     6位
1981/07/30     5位
1981/08/06     5位
1981/08/13     6位
1981/08/20     8位
1981/08/27    12位
1981/09/03    11位
1981/09/10    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では最高4位(32.0万枚)
1981年の年間44位。

当時、横浜銀蠅は大ブレイクし、イコールツッパリブームでもありました。
この「羯徒毘珞薫’狼琉」の様に何故だか難しい漢字を使った用語が大流行!
所謂、ツッパリ用語です。
もしかしたら横浜銀蠅のこの曲の影響かな?と思ってしまいます。
この曲を知らない世代にとっては、「羯徒毘珞薫’狼琉」のタイトルは多分読めないでしょう。

この「羯徒毘珞薫’狼琉」は、横浜銀蠅のツッパリソングとして大ヒット!
ザ・ベストテンでは5週のみの登場でしたが、インパクトありました。
暴走族をイメージさせますが!

横浜銀蠅は、この「羯徒毘珞薫’狼琉」と同時に西城秀樹さんへの提供曲「セクシー・ガール」もヒット!
全く別世界な2曲でした。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/7/30 月曜日

「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」〜T.C.R.横浜銀蠅 R.S.

Filed under: 1981年登場曲, 横浜銀蠅 — ベストテンマニア:K @ 22:44:11

「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」〜T.C.R.横浜銀蠅 R.S.
最高2位(ベストテン内10週ランクイン)

横浜銀蠅のザ・ベストテン初登場です。
正式名称は、THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIALらしいですね。
初めて知りましたが!

1981年3月5日に10位で初登場。
最高2位。
10位以内に10週。
20位以内に15週。
1981年の年間16位。

1981/02/26    16位
1981/03/05    10位
1981/03/12     6位
1981/03/19     3位
1981/03/26     2位
1981/04/02     4位
1981/04/09     5位
1981/04/16     4位
1981/04/23     8位
1981/04/30     7位
1981/05/07    11位
1981/05/14    11位
1981/05/21    15位
1981/05/28    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(56.6万枚)
1981年の年間15位。

当時、ツッパリブームで、リーゼントに革ジャン、ボンタンズボン!
学校では、校内暴力が社会現象となっていた時代でした。
そんなツッパリをコンセプトにしたバンドが横浜銀蠅でした。

ツッパリブームに乗ってこの「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」が大ヒット!
ザ・ベストテンでは、チャートインする前にスポットライトコーナーに登場!
彼等らしいツッパッタ発言が話題でした。
横浜銀蠅のメンバーは、いつも強面の表情でした。
彼らを真似した当時の若者も大勢居ました。

「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」は、コミックソングでも無いんだろうけど、ツッパリを皮肉った歌詞の内容が、当時受けて大ヒットしました。
いかにもありそうなツッパリ(不良)達の日常をリアルに表現した歌詞。
そんな、ツッパリ(不良)達を茶化した内容でした。

横浜銀蠅は、1981年〜1983年までヒット曲を出し、ブームを作り上げました。
「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」以降、「羯徒毘路薫’狼琉(かっとびロックンロール)>」「ツッパリHigh School Rock’n Roll(試験編)」「あせかきベソかきRock’n Roll run」「おまえにピタッ!」と5曲がザ・ベストテンにランクインしました。
この「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」とほぼ同時にデビュー曲の「横須賀Baby」もヒットし、ザ・ベストテンでは最高19位でした。

メンバーは、翔、Johnny、TAKU、嵐(ラン)の4人。
Johnnyさんは、ソロでも活躍し、「ジェームス・ディーンのように」「$百萬BABY」の2曲をベストテン入りさせました。

横浜銀蠅は、銀蝿一家として紅麗威甦(杉本哲太さん在籍)や、嶋大輔さん達も活躍しました。
嶋大輔さんは、「男の勲章」「暗闇をぶっとばせ」の2曲がヒットし、ザ・ベストテンにも登場します。

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横浜銀蠅のプロフィール
翔(しょう)、本名:田宮 将吉、1958年6月8日生まれ、ボーカル、ギター
Johnny(ジョニー)、本名:浅沼正人、1958年5月9日生まれ、ギター、ボーカル
TAKU(タク)、本名:秋葉卓志、1960年9月22日生まれ、ベース、ボーカル
嵐(らん)、本名:田宮淑行、1955年4月15日生まれ、 ドラム、ボーカル

1979年、翔、Johnny、TAKU、嵐の4人で横浜銀蝿を結成。
1980年、9月21日にアルバム『ぶっちぎり』、シングル『横須賀Baby』の同時発売でデビュー。
1981年、「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)」が大ヒットし、横浜銀蠅ブームとなる。メンバーのJohnnyソロシングル「ジェームス・ディーンのように」も大ヒット。
1982年、銀蝿一家の弟分の嶋大輔ソロシングル「男の勲章」が大ヒット。レコード大賞で横浜銀蠅一家が特別賞を受賞。
1983年、大晦日に解散する。
1998年、翔、TAKU、嵐の3人で横浜銀蠅を再結成。
その後、再度解散したり名前を変えて再結成したりしている。

T.C.R.横浜銀蠅R.Sコンプリートボックス 完

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