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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2008/2/6 水曜日

「あせかきベソかきRock’n Roll run」〜T.C.R.横浜銀蠅 R.S.

Filed under: 横浜銀蠅, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 18:47:55

「あせかきベソかきRock’n Roll run」〜T.C.R.横浜銀蠅 R.S. 最高10位(ベストテン内1週ランクイン)

横浜銀蠅の「ツッパリHigh School Rock’n Roll(試験編)」に続く、4曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年11月18日に10位で初登場。
最高10位。
10位以内に1週。
20位以内に7週。
1982年の年間80位。

1982/11/04    15位
1982/11/11    13位
1982/11/18    10位
1982/11/25    11位
1982/12/02    12位
1982/12/09    12位
1982/12/16    17位

オリコンチャートでは、最高4位
1982年の年間87位(16.4万枚)

「あせかきベソかきRock’n Roll run」は横浜銀蠅にとって1982年最初のザ・ベストテンランクイン曲でした。
前曲の「お前サラサラサーファー・ガール おいらてかてかロックン・ローラー」が最高12位。
約1年ぶりのザ・ベストテン登場です。

曲調としては、スピード感あるロックンロール!
Rock’n Rollの後にrunが付いていることが特徴で、印象に残ります。
ザ・ベストテンでは最高10位で1週のみの登場が、やや淋しい印象です。
オリコンでは初登場4位と検討しました。

この時期、横浜銀蠅はファミリーのJohnnyさんや嶋大輔達のソロとしての活躍が目立ち、本家の横浜銀蠅としては大人しめでした。
しかし、この1982年のレコード大賞にて、横浜銀蠅はファミリーを含めて特別賞を受賞。
この時は銀蠅一家の全員が曲を披露しました。

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2007/12/15 土曜日

「暗闇をぶっとばせ」〜嶋大輔

Filed under: 横浜銀蠅, 嶋大輔, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:25:09

「暗闇をぶっとばせ」〜嶋大輔 最高7位(ベストテン内3週ランクイン)

嶋大輔さんの「男の勲章」に続く、ソロとして2曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年9月9日に9位で初登場。
最高7位。
10位以内に3週。
20位以内に7週。
1982年の年間75位。

1982/08/26    19位
1982/09/02    14位
1982/09/09     9位
1982/09/16     7位
1982/09/23    10位
1982/09/30    12位
1982/10/07    14位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(27.9万枚)
1982年の年間42位。

この「暗闇をぶっとばせ」は、嶋大輔さんにとって唯一のオリコン1位を獲得した曲でした。
ザ・ベストテンでは、思いの外チャートが伸びず、最高7位とまりで3週のみのランクインでした。
レコード発売時に一気にセールスを伸ばし、あっという間にチャートから落ちてしまった感があります。

前曲の「男の勲章」の方が、インパクトがあり、この「暗闇をぶっとばせ」は陰に隠れる感じがあります。
27.9万枚のセールスなので十分ヒットと呼べる数字ですが、ベストテンに3週のみのランクインがやはり印象を薄くしている印象です。

「暗闇をぶっとばせ」が嶋大輔さんの最後のザ・ベストテン登場曲でした。
次のシングル「お前だけ I Love You」は最高12位。
翌1983年に嶋大輔&杉本哲太+1として「大輔★哲太のRock’n Roll」が最高16位。
その他ソロシングルとして「男は道化師さ」「無邪気な天使」「ハードボイルド・ロマンス 奇麗」等があります。

嶋大輔さんは、直後ツッパリイメージに終止符を打ち、個性的なリーゼント頭もこの頃が最後!
曲調も大人向けの歌謡曲タイプに変わり、イメージチェンジを図りました。
大きなシングルヒットは、「男の勲章」と「暗闇をぶっとばせ」の2曲で、その後は俳優・タレントとして活躍します。
タレントとしては、持ち前の人の良さが功を奏し、横浜銀蠅ファミリーの中では俳優として成功した杉本哲太さんと並んで、今も現役で芸能界で息の長い活動を続けています。

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2007/11/29 木曜日

「$百萬BABY」〜Johnny

Filed under: 横浜銀蠅, Johnny, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:47:35

「$百萬BABY」〜Johnny 最高3位(ベストテン内5週ランクイン)

横浜銀蝿Johnny(ジョニー)さんの「ジェームス・ディーンのように」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年7月22日に9位で初登場。
最高3位。
10位以内に5週。
20位以内に9週。
1982年の年間50位。

1982/07/08    17位
1982/07/15    11位
1982/07/22     9位
1982/07/29     9位
1982/08/05     3位
1982/08/12     5位
1982/08/19     8位
1982/08/26    11位
1982/09/02    15位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では最高1位(33.8万枚)
1982年の年間32位。

「$百萬BABY」は、Johnnyさんのソロシングル第2弾でした。
百万ドルベイビーと読みます。

オリコンチャートでは最高1位を記録し、33.8万枚の大ヒット!
ザ・ベストテンでは最高3位で5週のみのランクイン!
オリコン(レコード売り上げ)の方が成績が良かったです。
初動で一気に売れまくった感もあります。
ザ・ベストテンでは、有線やラジオやハガキリクエストによる総合得点ランキングなので、初動で一気にセールスを弾き出した曲は不利でした。

この曲の時で記憶にあるのが、雨のセットでびしょ濡れになりながら「$百萬BABY」を歌うJohnnyさんです。
雨のセットは当時ザ・ベストテンでは定番でしたが!

当時、夏でしたがJohnnyさんは革ジャンを必ず着込んでました。
それにサングラス。
素顔が未だにわかりません!

この「$百萬BABY」がJohnnyさんのソロでの最後のザ・ベストテン登場曲でした。
ソロとしては翌年の1983年「みにくいアヒルの子」を出しますが、最高20位でした。
現在は、プロデューサーとして活躍されています。

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2007/11/19 月曜日

「男の勲章」〜嶋大輔

Filed under: 横浜銀蠅, 嶋大輔, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:38:11

「男の勲章」〜嶋大輔 最高6位(ベストテン内7週ランクイン)

横浜銀蠅ファミリーの嶋大輔さんのソロのザ・ベストテン初登場曲です。

1982年6月3日に6位で初登場。
最高6位。
10位以内に7週。
20位以内に13週。
1982年の年間32位。

1982/05/13    20位
1982/05/20    15位
1982/05/27    12位
1982/06/03     6位
1982/06/10     7位
1982/06/17     6位
1982/06/24     6位
1982/07/01     7位
1982/07/08     6位
1982/07/15     8位
1982/07/22    14位
1982/07/29    14位
1982/08/05    20位

オリコンチャートでは最高3位(37.6万枚)
1982年の年間25位。

この「男の勲章」は、日本テレビ系ドラマ「天まであがれ!」の主題歌として大ヒットしました。
作詞作曲は横浜銀蠅のメンバーJohnnyさんでした。
この曲は、ノスタルジックな雰囲気が評判でした。
ツッパリだけでなく、広い世代で指示を受けた曲です。
ツッパリと言っても嶋大輔さんは当時からコミカルな存在で、横浜銀蠅ファミリーの中ではアットホームな雰囲気がありました。
その辺りの本人のキャラクターが今も活躍している要因かもしれません。

嶋大輔さんは、1981年にT.C.R.横浜銀蝿R.S.+嶋大輔の名義で「ツッパリHigh School Rock’n Roll(試験編)」でデビューし、ザ・ベストテンに初登場しました。
その後、1982年2月に「Sexy気分の夜だから」でソロデビューし、ザ・ベストテンでは最高12位でした。
この「男の勲章」が大ヒットし、初のソロでのベストテン入り!

当時の嶋大輔さんは、物凄い髪型が話題に!
アフロヘアとリーゼントをミックスした様な不思議なヘアスタイル!
当時流行のツッパリブームにしても飛びぬけたヘアスタイルでした!
コスチュームは、ポロシャツとボンタン!(当時の流行のツッパリ土管パンツ)
革ジャンやTシャツじゃなくポロシャツが妙に庶民的で似合ってました。

嶋大輔さんは、その後「暗闇をぶっとばせ」でも再びザ・ベストテンに登場します。
その他「お前だけI Love You」が最高12位。
1983年には、今では俳優として活躍中の杉本哲太さんと組んだ「大輔★哲太のRock’n Roll」 がベストテン最高16位。
2005年には「男の勲章」替え歌パロディの「大人の勲章」をリリースしました。

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嶋大輔さんのプロフィール
本名:森島裕文
1964年、5月22日生まれ。高校時代グレかけてたところ横浜銀蝿にスカウトされ芸能界入り。
1981年、横浜銀蝿の「ツッパリハイスクールRock’n Roll(試験編)」で銀蝿の弟分としてデビュー。テレビドラマ「茜さんのお弁当」に俳優として出演。
1982年、2月に「Sexy気分の夜だから」でソロデビュー。2曲目のとソロシングル「男の勲章」が大ヒット。3曲目の「暗闇をぶっとばせ」で初のオリコン1位を獲得。
1983年、映画「みゆき」に出演。その後は、主に俳優として活躍する。
1986年、映画「コミック雑誌なんかいらない」に出演。
1987年、映画「愛しのハーフムーン」に出演し大胆なベッドシーンが話題になる。
1988年、ヒーローものの「超獣戦隊ライブマン」に主演し、自ら主題歌も担当する。
1992年、演劇「スライス・オブ・サタデーナイト」(シアタープル)に出演し舞台デビュー。
2002年、大ヒットドラマ「木更津キャッツアイ」に出演。
2003年、映画「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」に出演。
2005年、「男の勲章」の続編「大人の勲章」をインディーズで発売し、オリコンシングルチャート初登場20位、インディーズチャート初登場1位を記録する。
2006年、映画「木更津キャッツアイ ワールドシリーズ」に出演。セルフカバー・アルバム「夜露死苦 戦極襲(よろしく せんきょくしゅう)」を発売する。

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2007/9/26 水曜日

「ジェームス・ディーンのように」〜Johnny

Filed under: 1981年登場曲, 横浜銀蠅, Johnny — ベストテンマニア:K @ 22:53:03

「ジェームス・ディーンのように」〜Johnny 最高2位(ベストテン内9週ランクイン)

横浜銀蝿のメンバーJohnny(ジョニー)さんの初のソロとしてのザ・ベストテン登場曲です。
Johnnyさんはソロとしても、この頃大活躍しました。

1981年12月10日に10位で初登場。
最高2位。
10位以内に9週。
20位以内に12週。
1981年の年間50位圏外。
1982年の年間51位。

1981/12/03    16位
1981/12/10    10位
1981/12/17     3位
1981/12/24     3位
1982/01/07     2位
1982/01/14     2位
1982/01/21     2位
1982/01/28     3位
1982/02/04     3位
1982/02/11     7位
1982/02/18    11位
1982/02/25    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(50.2万枚)
1981年の年間100位圏外。
1982年の年間16位(46.1万枚)

Johnnyさんは、横浜銀蝿ではギターを担当!
メンバーの中では、硬派なタイプで大人しい印象です。
その硬派なイメージとアイドル的なルックス(サングラスしてましたが!)で、メンバーの中では一番の人気者でした。

ソロ第一弾シングルとして「ジェームス・ディーンのように」が当時大ヒット!
ザ・ベストテンでも最高2位までランクを上げ、ほぼ毎週出演しました。

この「ジェームス・ディーンのように」は、TBSドラマ「茜さんのお弁当」の主題歌でした。
このドラマでは、横浜銀蠅ファミリーの嶋大輔さんや紅麗威甦のメンバーも俳優として出演。
当時、紅麗威甦のメンバーだった杉本哲太さんは、俳優としての初のドラマ出演でした。

Johnnyさんは、「ジェームス・ディーンのように」と1982年に「$百萬BABY」も大ヒットし、計2曲ザ・ベストテンにランクイン!
1983年には「みにくいアヒルの子」をソロシングルとして発表し、ザ・ベストテンでは最高20位でした。

Johnnyさんは、横浜銀蝿解散以降、ディレクター、プロデューサーとしてサポート役に徹するようになります。
ディレクターとして中山美穂さんを手がけました。
その後、横浜銀蝿再結成の際には、メンバーに加わりませんでした。
(いろいろと事情があるのでしょう!)

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Johnnyさんのプロフィール
本名:浅沼正人
1958年、5月9日生まれ。
1979年、横浜銀蝿結成と共に参加。
1981年、横浜銀蝿のブレイクと共にソロでも活躍。ソロシングル「ジェームス・ディーンのように」が大ヒットする。
1982年、そろ第二段シングル「$百萬BABY」がオリコン1位を獲得。
1983年、横浜銀蝿解散後、ソロとして活動する。
1988年、キングレコードの社員となり、中山美穂、的場浩司らをディレクターとして手掛ける。
2002年、ベルウッドレコードのプロデューサーとして活動する。

T.C.R.横浜銀蠅R.Sコンプリートボックス 完

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