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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/11/1 木曜日

「YES MY LOVE」〜矢沢永吉

Filed under: 矢沢永吉, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:29:08

「YES MY LOVE」〜矢沢永吉 最高7位(ベストテン内4週ランクイン)

矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」に続く2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
実に4年振りのザ・ベストテンランクインです。

1982年4月22日に8位で初登場。
最高7位。
10位以内に4週。
20位以内に13週。
1982年の年間36位。

1982/04/01    19位
1982/04/08    15位
1982/04/15    11位
1982/04/22     8位
1982/04/29     7位
1982/05/06     7位
1982/05/13     8位
1982/05/20    11位
1982/05/27    15位
1982/06/03    13位
1982/06/10    17位
1982/06/17    19位
1982/06/24    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高8位(34.3万枚)
1982年の年間31位。

1978年の「時間よ止まれ」以降、矢沢永吉さんは「THIS IS SONG FOR COCA-COLA」「涙のラブレター」「抱かれたい、もう一度」の3曲がオリコンチャートのトップテン入りしましたが、ザ・ベストテンではランク外。
この「YES MY LOVE」で久々にザ・ベストテンにランクインしました。

しかし、この曲でも出演拒否!
矢沢永吉さんは、この頃テレビの音楽番組には一切出演無しでした。
レコーディングとライブをメインに活動。
ラジオ出演はありました。
(この辺り今となっては不思議ですが、当時は当たり前でした。)
テレビに一切出演しなかった為、かえってカリスマ性が高くなりました。
その辺り、中島みゆき
さんにも言えることです。

「YES MY LOVE」は、コカコーラのCMソングでした。
矢沢永吉さんらしいバラードラブソング。
リゾートソングの印象もあります。
名曲です。

この頃の矢沢永吉さんは、ロックよりもバラードのシングル曲が多く、そちらの方がヒットしてました。
もちろんロックの矢沢永吉さんもこの頃定番でした!
ロック色の強いシングルは90年代以降、増えます。
当時は、レコード会社側の意向とのアーチスト側の意向のズレが生じることも多く、絶大的にレコード会社が強かったと言われてます。
アーチストの個性の強い曲は、アルバムへ!
一般大衆受けする曲がシングルへ!
そんな時代でした。

矢沢永吉さんのザ・ベストテンへの出演は叶わず、この「YES MY LOVE」が最後のランキング曲でした。
同時期に「LAHAINA」(化粧品CMソング)もヒットし、最高19位。
その他、「ROCKIN’MY HEART」「ラスト・クリスマス・イヴ」「逃亡者」「共犯者」「SOMEBODY’S NIGHT」等のヒット曲を発表。

ザ・ベストテンが終了した1989年以降、「PURE GOLD」(オリコン1位)、「夢の彼方」「ラスト・シーン」「東京」「アリよさらば」「いつの日か」「夏の終り」「MARIA」等のヒット曲を発表し、今でも健在でカリスマ性の高いアーチストとして大活躍中です。
90年代に入ってから、テレビの音楽番組にも登場するようになり、ドラマでは俳優としても活躍します。
1994年のTBSドラマ「アリよさらば」では、地味な教師役を演じ大きな話題となりました。
その他、スペシャルドラマにも出演!

矢沢永吉さんに限らず90年代は、それまでテレビに絶対出なかったアーチストが、テレビ出演に応じたことが多かったです。
シンガーとして以外に俳優として登場することも珍しくなくなった時代でした。
もちろん当時賛否両論でしたが、個人的には、それまでミステリアスだったカリスマミュージシャンをテレビで見られることが嬉しかったです。
しかもドラマ出演となると、更に魅力が増した様な印象です。
もちろん、カリスマ性が無く、音楽でやって活けなくなったアーチストは問題外ですが!

矢沢永吉さんをはじめ、70年代に登場したアーチスト達のパワーと言うかカリスマ性は物凄いと思います。
チャートとは関係なく、長い間トップとして活躍し、多分還暦を越えようが人気はビクともしないと思います。
吉田拓郎、井上陽水、小田和正中島みゆき松任谷由実、山下達郎、浜田省吾、矢野顕子竹内まりやサザンオールスターズ、…etc
(↑名前の抜けてるアーチストも居ると思いますが、思いつかないだけで意味はありません)
今でも第一線で活躍してますね。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2006/12/29 金曜日

「時間よ止まれ」〜矢沢永吉

Filed under: 矢沢永吉, 1978年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 0:39:07

「時間よ止まれ」〜矢沢永吉 最高5位(ベストテン内9週ランクイン)

1978/06/01     9位
1978/06/08     4位
1978/06/15     4位
1978/06/22     5位
1978/06/29     5位
1978/07/06     5位
1978/07/13     6位
1978/07/20     7位
1978/07/27     8位

矢沢永吉さんの大ヒット曲「時間よ止まれ」
CMソングだった記憶があります。

1978年6月1日に9位で初登場し、最高4位で9週間ランクインしました。
1978年の年間ベストテンでは、12位にランクイン。

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(63.9万枚)でした。
オリコンの年間チャートでは、9位でした。

この「時間よ止まれ」は、夏に合うバラードソングです。
当時、CMソングとしてヒットしました。
1978年を代表する大ヒット!
矢沢永吉さんのシングルでは、1番の大ヒットです。

矢沢永吉さんは、ザ・ベストテンで中島みゆきさん以来2人目の出演拒否組みでした。
当時は、テレビに出ない!がニューミュージック系アーチストのステータスでした。
特に大物であれば、尚更出演しない傾向が強かったです。
矢沢永吉さんは、特に当時からカリスマ性があり、この頃既に大御所でした。
元キャロルで活躍し、解散後はソロになり、この「時間よ止まれ」が、ソロでの初のヒット曲でした。

矢沢永吉さんは、永ちゃんとかYAZAWAとか当時から呼ばれてました。
コンサートでのタオル投げは、有名です。

矢沢永吉さんは、「時間よ止まれ」以降、「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」「涙のラブレター」「抱かれたい、もう一度」等が、オリコンチャートのトップテン入りしヒットしましたがザ・ベストテンでは、10位以内にランクインしませんでした。
その後、1982年に「YES MY LOVE」で、再びザ・ベストテンにランクインしました。
1989年に「SOMEBODY’S NIGHT」が、オリコンチャートでは最高2位までいきましたが、ベストテンでは、ランク外。
やはり、テレビに出ないことが、ザ・ベストテンのランキングに大きな影響を与えていたようです。

ザ・ベストテン終了後の90年代に入り、「ラスト・シーン」「東京」「アリよさらば」等が、ヒットしました。

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矢沢永吉さんのプロフィール
1949年9月14日生まれ
1968年、高校卒業と同時に上京、横浜周辺でバンド活動を始める。
1972年、ジョニー大倉・内海利勝・ユウ岡崎らとキャロルを結成。「ルイジアンナ」でデビューし、人気バンドとなる。
1975年、キャロル解散語後、「I LOVE YOU, OK」で、ソロデビュー。
1978年、「時間よ止まれ」が大ヒットし、初のオリコンチャート1位を獲得。
1980年以降、世界にも活動の幅を広げる。
1990年以降、音楽番組にも時々出演するようになる。
1994年、テレビドラマ「アリよさらば」に俳優として主演し、大きな話題となる。

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