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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/6/21 木曜日

「さよならの向こう側」〜山口百恵

Filed under: 山口百恵, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:59:50

「さよならの向こう側」〜山口百恵 最高3位(ベストテン内10週ランクイン)

山口百恵さんの「ロックンロール・ウィドウ」に続く、12曲目のザ・ベストテン登場曲です。
百恵さんの現役時代、最後のシングル曲でした。
ザ・ベストテン登場も、この曲が最後です。

1980年9月18日に10位で初登場。
最高3位で、10位以内に10週、20位以内に14週ランクイン。
1980年の年間25位でした。

1980/09/04    16位
1980/09/11    14位
1980/09/18    10位
1980/09/25    10位
1980/10/02     7位
1980/10/09     8位
1980/10/16     6位
1980/10/23     4位
1980/10/30     3位
1980/11/06     4位
1980/11/13     8位
1980/11/20     9位
1980/11/27    16位
1980/12/04    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高4位(37.6万枚)で、年間41位(33.5万枚の売り上げ)でした。
37.6万枚のセールスは、もちろん大ヒットと呼べる数字ですが、山口百恵引退直後のシングルセールスとしては、少な過ぎだと思いますが!

この「さよならの向こう側」は、未だに伝説的な山口百恵楽曲の1曲です。
現役最後のシングル曲として、名曲に仕上がってます。
作詞:阿木曜子、作曲:宇崎竜童のゴールデンコンビの作品でした。
10月5日の武道館でのラストコンサートでの「さよならの向こう側」の場面も伝説として、語り継がれています。

「さよならの向こう側」は、ザ・ベストテンで10位に登場するまで、2週間20位圏内に留まってました。
これは、山口百恵さんのベストテンランクイン曲の中では、極めて異例のことです。
一旦20位以内に入ってから、必ず翌週には10位以内に登場するのが当たり前でした。
いい日旅立ち」と「ロックンロール・ウィドウ」では、いきなり10位以内にランクインしました。

「さよならの向こう側」は、10位以内にランクインしても、なかなか上位にランクインせず、低空飛行的なチャートの動きを見せました。
引退コンサート後にやっと3位まで上昇。
なので当時「さよならの向こう側」は、ファンから支持されてないのかと疑問に思った記憶があります。
シングルと同時発売の山口百恵オリジナルアルバム「不死鳥伝説」に既に収録されていたのも原因かな?とも思います。
1位を獲得しても不思議じゃない曲だと思うのですが…!

山口百恵さんは、この曲でのザ・ベストテンでの出演は、初登場の10位の時の1度だけでした。
謝肉祭」以来のTBSのスタジオでの曲披露でした。
この時、既に最後のザ・ベストテン出演が決まってた様で、確かこの曲をフルでノーカットで歌った記憶があります。
その後、引退まで、他のスケジュールの関係で出演が叶わなかったとか!
引退コンサート後には、武道館ライブの「さよならの向こう側」がVTRで流されました。

「夜のヒットスタジオ」や「紅白歌のベストテン」では、引退コンサート後に山口百恵スペシャル番組を放送し、引退直前の山口百恵さんの出演が話題となりました。
ザ・ベストテンとしては、それが叶わなかったのが残念です。
(引退コンサートを当日TBSで放送したことが関係していると思います。)

山口百恵さんは、10月15日に歌手生活にピリオドを打ち引退しました。
11月19日に三浦友和さんと結婚し、以降カムバックすることはありません。
その辺りが、彼女のカリスマ性を高め、伝説化させた要因だと思います。

結婚式の当日11月19日には、引退後初のシングル「一恵(いちえ)」を発表します。
作詞が御本人で、横須賀恵(よこすかけい)と言うペンネームでした。
作曲が谷村新司さんでした。
この「一恵」は、オリコンでは最高2位を記録しましたが、ザ・ベストテンでは最高13位でした。
この曲も名曲です。
引退前に「夜のヒットスタジオ」で歌われて、話題にもなりました。

引退後、1982年にはアンルイスさんの「ラ・セゾン」の作詞を手がけ、大ヒットしました。
この時も横須賀恵の名で詞を提供しました。
1983年には、高田みづえさんの「通りすぎた風」の作詞も手がけています。

満開の時に自ら表舞台を退いた山口百恵さん。
その後、中森明菜さんや荻野目洋子さん等、彼女に憧れてデビューしたアイドルも数多いことと思います。
伝説は、まだまだ語り継がれることと思います。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/5/29 火曜日

「ロックンロール・ウィドウ」〜山口百恵

Filed under: 1位獲得曲, 山口百恵, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:15:47

「ロックンロール・ウィドウ」〜山口百恵 最高1位2週(ベストテン内10週ランクイン)

山口百恵さんの「謝肉祭」に続く、11曲目のザ・ベストテン登場曲です。
「ロックンロール・ウィドウ」で、山口百恵さんは、4曲目の1位を獲得しました。

1980年6月12日に10位で初登場。
7月10日から2週連続1位を獲得。
10位以内に10週、20位以内に13週ランクイン。
1980年の年間22位でした。

1980/06/12    10位
1980/06/19     5位
1980/06/26     2位
1980/07/03     2位
1980/07/10     1位
1980/07/17     1位
1980/07/24     2位
1980/07/31     2位
1980/08/07     3位
1980/08/14     7位
1980/08/21    11位
1980/08/28    16位
1980/09/04    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(33.6万枚)で、年間40位でした。
この頃の山口百恵さんのシングルレコードセールスは、30万枚前後でした。

ザ・ベストテンの6月12日のランキングでは、前曲の「謝肉祭」と同時に「ロックンロール・ウィドウ」もランクインし、10位以内に2曲ランクインしました。
1978年2月23日の「赤い絆」と「乙女座宮」の2曲同時ランクイン以来2回目のことです。

「ロックンロール・ウィドウ」は、山口百恵さん初のロック超のシングル曲でした。
しかもタイトルにもある「ウィドウ」とは、未亡人の意味です。
結婚宣言したこの時代に未亡人の曲を歌うとは、かなり斬新な試みだったと思います。
阿木曜子さんの詞で、未亡人のストレートな心境を描いた物語的な内容でした。
そのストレートな詞の内容が当時大きな話題でした。

この曲では、派手な化粧と衣装でスタンドマイクを使い括弧良く歌う山口百恵さんが印象的です。
当時、本人曰く、引退前にロックを歌いたかった!とのコメントもありました。

この頃の山口百恵さんは、引退前の大忙しの時期でした。
ザ・ベストテンにランクイン中は、一度もスタジオ出演が叶わなく、数回中継で出演するのみだった記憶があります。
映画「古都」の撮影場所からの中継とレコーディングスタジオからの中継だけだったと思います。

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2007/5/20 日曜日

「謝肉祭」〜山口百恵

Filed under: 1位獲得曲, 山口百恵, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:37:21

「謝肉祭」〜山口百恵 最高1位3週(ベストテン内9週ランクイン)

山口百恵さんの「愛染橋」に続く、10曲目のザ・ベストテン登場曲です。
山口百恵さんにとって、3曲目の1位獲得曲です。

1980年4月17日に6位で初登場。
5月8日に1位を獲得し、計3週1位を獲得。
10位以内に9週。20位以内に12週ランクイン。
1980年の年間23位でした。

1980/04/10    14位
1980/04/17     6位
1980/04/24     4位
1980/05/01     4位
1980/05/08     1位
1980/05/15     1位
1980/05/22     2位
1980/05/29     1位
1980/06/05     4位
1980/06/12     7位
1980/06/19    12位
1980/06/26    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高4位(28.6万枚)で、年間48位でした。
ザ・ベストテンでは1位を取ったイメージが強く、この曲ももっと売れた印象があります。

「謝肉祭」は、エキゾチックな曲でした。
ローマ時代を思わせるオリエンタルな衣装も印象的です。
スペイン超なメロディで、なんとなくカルメンをイメージさせます。
このエキゾチックな雰囲気が、山口百恵さんとマッチしてました。
個人的には、山口百恵楽曲の中では特に好きな曲です。

しかしこの「謝肉祭」は、1990年代後半に、さびの部分の「ジプシー」と言う言葉が差別用語となり、レコード会社が自粛し、その後に発売されたベストCDから外される様になりました。
山口百恵さんの引退コンサートでも「謝肉祭」は、歌われましたが、DVDからもカットされました。
時代性と言うか、個人的には、やり過ぎだと思います。
最近になって、全曲ニューアレンジのCD「コンプリート百恵回帰」とライブCD・DVD BOX「MOMOE LIVE PREMIUM」に「謝肉祭」が収録されました。
山口百恵さんは、たくさんのベストCDが発売されてますが、この「謝肉祭」が収録されているCDは少ないのが現状です。
全曲ニューアレンジのCD「コンプリート百恵回帰」は、百恵さんの歌声のみ当時のままで、アレンジは大幅に変わってます。

この「謝肉祭」のヒット中に山口百恵さんは、三浦友和さんとの婚約発表し、世間を騒がせました。
当時、歌番組で「謝肉祭」を歌う山口百恵さんの表情に余裕があり、完成された一人のシンガーとして貫禄をも感じさせました。
シンガーとして絶頂期に引退宣言をし、山口百恵さんの個性と言うか、らしさをも感じさせました。

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2007/4/26 木曜日

「愛染橋」〜山口百恵

Filed under: 山口百恵, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:12:05

「愛染橋」〜山口百恵 最高7位(ベストテン内6週ランクイン)

山口百恵さんの「しなやかに歌って」に続く9曲目のザ・ベストテン登場曲です。
1980年代最初のシングル曲でした。

1980年1月17日に7位で初登場。
最高7位で、10位以内に6週、20位以内に10週ランクイン。
1980年の年間44位でした。

1980/01/10    14位
1980/01/17     7位
1980/01/24     7位
1980/01/31     8位
1980/02/07     7位
1980/02/14     7位
1980/02/21    10位
1980/02/28    12位
1980/03/06    13位
1980/03/13    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高10位(22.1万枚)で、年間69位でした。
山口百恵さんにとって「愛染橋」は、地味なセールスヒットでした。

この曲は、作詞が松本隆さん、作曲がアリス堀内孝雄さんでした。
山口百恵さんの曲の中では、異色の組み合わせでした。
曲調が和な感じで日本的です。
京都弁の歌詞が当時話題になりました。
この「愛染橋」の時は、山口百恵さんも曲調に合わせて着物を着て、ザ・ベストテンに出演したこともあります。

それにしても、ザ・ベストテン最高7位とは、低すぎますね。
しかも、6週間しか10位以内にランクインしませんでした。
山口百恵楽曲の中では、やはり当時として受け入れられなかった印象が強いです。
演歌っぽい印象も当時はありました。
引退コンサートでもこの「愛染橋」は、歌われませんでした。

この「愛染橋」が、再評価されたのは、山口百恵さんが引退した後の様に思えます。
今では、この曲が好きと言う人も多く、山口百恵楽曲の中でも愛されてる曲だと思います。
当時のファンも年を重ねたことと、この様な日本情緒溢れた曲が90年代以降再評価されたこともあるでしょう。
後に中森明菜さんが「歌姫」シリーズでこの「愛染橋」をカバーしたり、堀内孝雄さんがセルフカバーしたことも要因かもしれません。

この曲のヒット直後に山口百恵さんは、三浦友和さんとの結婚宣言をし引退表明して、世間を騒がせました。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/4/4 水曜日

「しなやかに歌って」〜山口百恵

Filed under: 1位獲得曲, 山口百恵, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:28:19

「しなやかに歌って」〜山口百恵 最高1位1週(ベストテン内9週ランクイン)

山口百恵さんの「愛の嵐」に続く、ザ・ベストテン8曲目の登場曲です。
山口百恵さんにとって、3曲目の1位を獲得しました。

1979年9月27日に10位で初登場。
最高1位を1週。
10位以内に9週ランクイン。
20位以内に15週ランクイン
ザ・ベストテン1979年の年間25位でした。

1979/09/20    12位
1979/09/27    10位
1979/10/04     7位
1979/10/11     3位
1979/10/18     3位
1979/10/25     2位
1979/11/01     1位
1979/11/08     4位
1979/11/15     4位
1979/11/22     2位
1979/11/29    12位
1979/12/06    13位
1979/12/13    14位
1979/12/20    14位
1979/12/27    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高8位(27.1万枚)で、年間55位でした。
意外とセールス的には、低い印象があります。

この曲では、11月22日の2位から翌週12位へランクを落とす妙な珍記録があります。
この時期、他の歌手曲が一斉にチャートを駆け上がり、その為だと思います。
一旦、11位位以下に落ちましたが、5週間留まり緩やかな下降でした。

この「しなやかに歌って」で、この年のレコード大賞と紅白歌合戦に出場。
山口百恵さんのこの年の代表曲としては、意外にも一番セールス的に低い曲でした。
「しなやかに歌って」は、この頃の山口百恵さんにしては、優しい明るいタイプの曲でした。
どこかシャンソンの様な印象もあります。
プレイバックPART2」や「美・サイレント」等と同じく阿木燿子&宇崎竜童のゴールデンコンビの曲です。
この曲、意外にも武道館でのラストコンサートで歌われませんでした。

山口百恵さんは、この「しなやかに歌って」の時に恋人宣言し、三浦友和さんとの交際を公表しました。
ザ・ベストテンでも、そのことに触れて当時インタビューで答えてました。

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山口百惠全曲集

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