「さよならの向こう側」〜山口百恵
「さよならの向こう側」〜山口百恵 最高3位(ベストテン内10週ランクイン)
山口百恵さんの「ロックンロール・ウィドウ」に続く、12曲目のザ・ベストテン登場曲です。
百恵さんの現役時代、最後のシングル曲でした。
ザ・ベストテン登場も、この曲が最後です。
1980年9月18日に10位で初登場。
最高3位で、10位以内に10週、20位以内に14週ランクイン。
1980年の年間25位でした。
1980/09/04 16位
1980/09/11 14位
1980/09/18 10位
1980/09/25 10位
1980/10/02 7位
1980/10/09 8位
1980/10/16 6位
1980/10/23 4位
1980/10/30 3位
1980/11/06 4位
1980/11/13 8位
1980/11/20 9位
1980/11/27 16位
1980/12/04 18位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高4位(37.6万枚)で、年間41位(33.5万枚の売り上げ)でした。
37.6万枚のセールスは、もちろん大ヒットと呼べる数字ですが、山口百恵引退直後のシングルセールスとしては、少な過ぎだと思いますが!
この「さよならの向こう側」は、未だに伝説的な山口百恵楽曲の1曲です。
現役最後のシングル曲として、名曲に仕上がってます。
作詞:阿木曜子、作曲:宇崎竜童のゴールデンコンビの作品でした。
10月5日の武道館でのラストコンサートでの「さよならの向こう側」の場面も伝説として、語り継がれています。
「さよならの向こう側」は、ザ・ベストテンで10位に登場するまで、2週間20位圏内に留まってました。
これは、山口百恵さんのベストテンランクイン曲の中では、極めて異例のことです。
一旦20位以内に入ってから、必ず翌週には10位以内に登場するのが当たり前でした。
「いい日旅立ち」と「ロックンロール・ウィドウ」では、いきなり10位以内にランクインしました。
「さよならの向こう側」は、10位以内にランクインしても、なかなか上位にランクインせず、低空飛行的なチャートの動きを見せました。
引退コンサート後にやっと3位まで上昇。
なので当時「さよならの向こう側」は、ファンから支持されてないのかと疑問に思った記憶があります。
シングルと同時発売の山口百恵オリジナルアルバム「不死鳥伝説」に既に収録されていたのも原因かな?とも思います。
1位を獲得しても不思議じゃない曲だと思うのですが…!
山口百恵さんは、この曲でのザ・ベストテンでの出演は、初登場の10位の時の1度だけでした。
「謝肉祭」以来のTBSのスタジオでの曲披露でした。
この時、既に最後のザ・ベストテン出演が決まってた様で、確かこの曲をフルでノーカットで歌った記憶があります。
その後、引退まで、他のスケジュールの関係で出演が叶わなかったとか!
引退コンサート後には、武道館ライブの「さよならの向こう側」がVTRで流されました。
「夜のヒットスタジオ」や「紅白歌のベストテン」では、引退コンサート後に山口百恵スペシャル番組を放送し、引退直前の山口百恵さんの出演が話題となりました。
ザ・ベストテンとしては、それが叶わなかったのが残念です。
(引退コンサートを当日TBSで放送したことが関係していると思います。)
山口百恵さんは、10月15日に歌手生活にピリオドを打ち引退しました。
11月19日に三浦友和さんと結婚し、以降カムバックすることはありません。
その辺りが、彼女のカリスマ性を高め、伝説化させた要因だと思います。
結婚式の当日11月19日には、引退後初のシングル「一恵(いちえ)」を発表します。
作詞が御本人で、横須賀恵(よこすかけい)と言うペンネームでした。
作曲が谷村新司さんでした。
この「一恵」は、オリコンでは最高2位を記録しましたが、ザ・ベストテンでは最高13位でした。
この曲も名曲です。
引退前に「夜のヒットスタジオ」で歌われて、話題にもなりました。
引退後、1982年にはアンルイスさんの「ラ・セゾン」の作詞を手がけ、大ヒットしました。
この時も横須賀恵の名で詞を提供しました。
1983年には、高田みづえさんの「通りすぎた風」の作詞も手がけています。
満開の時に自ら表舞台を退いた山口百恵さん。
その後、中森明菜さんや荻野目洋子さん等、彼女に憧れてデビューしたアイドルも数多いことと思います。
伝説は、まだまだ語り継がれることと思います。
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