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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/8/19 日曜日

「渚のラブレター」〜沢田研二

Filed under: 沢田研二, 1981年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 1:12:57

「渚のラブレター」〜沢田研二 最高5位(ベストテン内7週ランクイン)

沢田研二さんの「酒場でDABADA」に続く、11曲目のザ・ベストテン登場曲です。
酒場でDABADA」と「渚のラブレター」の間のシングル曲「おまえがパラダイス」は最高12位だった為、沢田研二さんは約半年振りのザ・ベストテンの登場です。

1981年5月28日に9位で初登場。
最高5位。
10位以内に7週。
20位以内に12週。
1981年の年間37位。

1981/05/21    18位
1981/05/28     9位
1981/06/04     8位
1981/06/11     5位
1981/06/18     6位
1981/06/25     5位
1981/07/02     6位
1981/07/09    10位
1981/07/16    11位
1981/07/23    12位
1981/07/30    17位
1981/08/06    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高8位(23.9万枚)
1981年の年間63位。

「渚のラブレター」が、沢田研二さんの1981年最初のベストテン登場曲です。
この曲は、当時CMソングだった記憶があります。
そして、沢田研二さん自身の作曲作品です。
当時沢田研二さんの作曲の評価も高く、この曲が好き!と言うジュリーファンも大勢いました。

当時のヒット曲の流行としてリゾート音楽がありました。
この「渚のラブレター」もリゾート感覚の溢れた曲でした。
南の島、ビーチ、そんな趣のある曲です。

激しい曲じゃなく、バラードに近い落ち着いた曲です。
リゾート地でのんびり聴きたい曲!
そんなタイプの曲です。

ザ・ベストテンでは、同じ頃大ブレイクしてた寺尾聰さんと一緒に出演することも多く、お互いグループサウンド時代のライバル同士でもあった為、当時の思い出話で盛り上がりました。
あるGSイベント時に寺尾聰さんのザ・サベージに集まったファンが、沢田研二さんのザ・タイガースが現れると一気にファンがそちらに行ってしまったり!
寺尾聰さんは、当時のザ・タイガースの人気に嫉妬したとか!
そんなエピソードもあったそうです。

1981年の沢田研二さんは、この時期から巻き返しが始まり、次のシングル「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」が大ヒットし、時代は変わっても健在振りを証明しました。

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2007/6/26 火曜日

「酒場でDABADA」〜沢田研二

Filed under: 沢田研二, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:40:14

「酒場でDABADA」〜沢田研二 最高8位(ベストテン内8週ランクイン)

沢田研二さんの「恋のバッド・チューニング」に続く、10曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1980年10月16日に10位で初登場。
最高5位で、10位以内に8週、20位以内に12週ランクイン。
1980年の年間38位でした。

1980/10/09    16位
1980/10/16    10位
1980/10/23     9位
1980/10/30     7位
1980/11/06     5位
1980/11/13     5位
1980/11/20     7位
1980/11/27     9位
1980/12/04    10位
1980/12/11    16位
1980/12/18    17位
1980/12/25    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高14位(14.4万枚)で、年間100位圏外でした。
意外に地味なヒットでした。
もっと売れた印象ありますが、14.4万枚だとは驚きです!
沢田研二さんは、この年のレコード大賞で、この曲で挑んだ程だったのに!

オリコンチャートでは、パッとしないこの曲でしたが、ザ・ベストテンでは最高5位まで上がり、この曲の印象も強く残ってます。
沢田研二さんは、この曲の時、白いハンカチを片手で振り回すパフォーマンスを見せました。
酔っ払い風な感じです。

この「酒場でDABADA」は、皮肉めいた歌詞が魅力の曲です。

酒場を探して見えない時は!
近くの墓場を探してみなよ!

酒場と墓場を引っ掛けた、味のある曲。
沢田研二さんらしい、やや毒の入った曲でした。
辛気臭い、よく言えばハードボイルド!
そんな感じの曲かな!

この曲、アレンジが好きです。
ジャズとロカビリーを混ぜ合わせた様なリズム!
派手じゃないけど地味でもない、沢田研二さん以外には絶対歌えない曲です。

沢田研二さんは、彼にしか歌えないオリジナリティのあるシンガーで、どの曲も魅力満載です。
この曲の様に意外に売り上げ枚数が実を結ばない例も多かったですが!

1981年の次のシングル「おまえがパラダイス」は、最高12位でベストテン入り成らず!
その次のシングル「渚のラブレター」で半年後にザ・ベストテンに登場します。

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2007/5/26 土曜日

「恋のバッド・チューニング」〜沢田研二

Filed under: 沢田研二, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 21:38:01

「恋のバッド・チューニング」〜沢田研二 最高5位(ベストテン内8週ランクイン)

沢田研二さんの「TOKIO」に続く、9曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「恋のバッド・チューニング」でも、ビジュアル的に凝った衣装とセットが当時話題でした。

1980年5月15日に7位で初登場。
最高5位で、10位以内に8週、20位以内に10週ランクイン。
1980年の年間35位でした。

1980/05/15     7位
1980/05/22     7位
1980/05/29     8位
1980/06/05     7位
1980/06/12     5位
1980/06/19     6位
1980/06/26     9位
1980/07/03    10位
1980/07/10    12位
1980/07/17    圏外
1980/07/24    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高13位(17.2万枚)で、年間86位でした。
意外とレコードセールス的には、弱かったようです。

「恋のバッド・チューニング」では、救急車のセット。
それに目に青いコンタクトレンズ。
歌の途中で、ビリビリに破くビニールのシャツ。
これらが、極めて斬新で派手なパフォーマンスでした。

曲調は、前作の「TOKIO」と同じくテクノポップなサウンドで、ビジュアルに匹敵する派手な曲でした。
それでいて、ややクレイジーな感じの曲。
とにかく、一度聴いたら忘れられない曲です。
当時は、テレビでの影響が大きく、沢田研二さんの他の曲も含めて、ビジュアル的に目に焼き付いている感じです。

この曲、今聴いても古さを感じさせない斬新な曲だと思います。
シングルレコードを当時買った記憶があります。

1980年代に入り、この頃からシンセサイザーを駆使したサウンドが大流行し、音的に凄く進歩しました。
80年代は、サウンドの年代とも言えるかもしれません。
沢田研二さんは、逸早く新しいサウンドを取り入れて、流行の先端を常に走ってた印象があります。

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2007/4/29 日曜日

「TOKIO」〜沢田研二

Filed under: 沢田研二, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 20:48:31

「TOKIO」〜沢田研二 最高2位(ベストテン内10週ランクイン)

沢田研二さんの「OH!ギャル」に続く、8曲目のザ・ベストテン登場曲です。
前曲の「ロンリーウルフ」は、最高13位でザ・ベストテンにはランクインしなかった為、沢田研二さんは約5ヶ月振りのベストテン登場となりました。

1980年1月24日に8位で初登場。
最高2位で、10位以内に10週、20位以内に13週ランクイン。
1980年の年間20位でした。

1980/01/17    14位
1980/01/24     8位
1980/01/31     4位
1980/02/07     3位
1980/02/14     2位
1980/02/21     2位
1980/02/28     2位
1980/03/06     2位
1980/03/13     2位
1980/03/20     3位
1980/03/27     4位
1980/04/03    13位
1980/04/10    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高8位(33.8万枚)で、年間39位でした。
シングルセールスでは、思ったよりも低めです。

この「TOKIO」の時は、沢田研二さんは大きなパラシュートのセットをスタジオに持ち込んで、それをバックにこの曲を歌いました。
自前でセットを持ち込んだアーチストは、おそらく後にも先にもジュリーだけかもしれません。
とにかく派手でした!
その発想が当時新鮮で、大きな話題でもありました。
この「TOKIO」のランクイン中に沢田研二さんは海外(アメリカ)に出掛け、そこにもパラシュートを持って行って砂漠の中、中継(録画)で歌ったこともあります。

「TOKIO」は、沢田研二さんの曲の中でも特にインパクトのある曲です。
当時、流行りだしたシンセサイザーを駆使したテクノポップなサウンドが魅力の曲です。
1位を取っても不思議じゃない感じですが、流石にクリスタルキングの「大都会」の壁は厚かった様です。

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2007/3/17 土曜日

「OH!ギャル」〜沢田研二

Filed under: 沢田研二, 1979年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:16:46

「OH!ギャル」〜沢田研二 最高2位(ベストテン内9週ランクイン)

沢田研二さんの「カサブランカ・ダンディ」に続く7曲目のザ・ベストテン登場曲です。
1979年6月21日に7位で登場し、最高2位でした。
10位以内に9週、20位以内に12週ランクイン。
ザ・ベストテンの1979年の年間28位でした。

1979/06/14    16位
1979/06/21     7位
1979/06/28     5位
1979/07/05     4位
1979/07/12     3位
1979/07/19     2位
1979/07/26     4位
1979/08/02     6位
1979/08/09     7位
1979/08/16     9位
1979/08/23     8位
1979/08/30    15位
1979/09/06    17位

オリコンチャートでは、最高5位(27.1万枚)で、年間47位でした。
前年の1978年に比べると、ややセールス的にやや下降気味な時期でした。

この「OH!ギャル」では、2パターンのパフォーマンスでテレビの音楽番組に登場しました。
片手に火の付いたタバコを持った海兵隊スタイル。
そして、くだけた派手なカウボーイスタイル。
いずれも歌舞伎の女形の様な化粧をしてザ・ベストテンにも登場しました。
沢田研二さんは、ビジュアル的にもいつも凝っていて、この頃も派手に決めてました。

この曲は、明るい50年代(フィフティーズ)をイメージさせる曲でした。
この年の東京音楽祭に、この「OH!ギャル」で、出場しました。

「OH!ギャル」の次のシングル「ロンリー・ウルフ」は、沢田研二さんの曲の中でも名曲との評価も高いのですが、最高13位でベストテン圏内に届かず。
20位以内に6週間ランクされましたが、大きなヒットにはなりませんでした。
翌1980年に、次のシングル「TOKIO」で、再びザ・ベストテンに登場します。

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