「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」〜沢田研二
「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」〜沢田研二 最高3位(ベストテン内8週ランクイン)
沢田研二さんの「おまえにチェックイン」に続く、15曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」が沢田研二さんに取って最後のベストテンランクイン曲でした。
1982年9月30日に8位で初登場。
最高3位。
10位以内に8週。
20位以内に12週。
1982年の年間29位。
1982/09/23 17位
1982/09/30 8位
1982/10/07 3位
1982/10/14 3位
1982/10/21 5位
1982/10/28 5位
1982/11/04 6位
1982/11/11 8位
1982/11/18 8位
1982/11/25 12位
1982/12/02 13位
1982/12/09 14位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では最高6位(25.6万枚)
1982年の年間57位(21.8万枚)
沢田研二さんのザ・ベストテン最後の曲が「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」
今となっては意外と言うか、当時はまだベストテンに当分ジュリーがランクインされると漠然と思ってました。
最高3位までランクを上げ、ヒットと呼べる数字でした。
ジュちーはこの曲では、厚化粧でSF的なメイク!
ミステリアスな詞と曲!
オカルト的なサウンド!
イントロの呪文の様なボーカルが何を言ってるのかも当時番組内で話題になりました。
当時のニューウェイブをイメージさせ、いつも時代を先取りする沢田研二さんらしい曲でした。
この年のレコード大賞と紅白歌合戦は、この「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」で登場!
沢田研二さんに取って、最後のヒット曲でもありました。
その後は、1983年に井上陽水作詞作曲「背中まで45分」が最高15位。
大沢誉志幸作曲「晴れのちBLUE BOY」が最高12位。
「きめてやる今夜」が最高15位。
1984年に「どん底」が最高13位。
1985年に「灰とダイヤモンド」が最高20位。
その他「渡り鳥はぐれ鳥」「AMAPOLA」「アリフ・ライフ・ウィ・ライラ」「女神」(スポットライトに登場)
「CHANCE」「ポラロイドGIRL」「DOWN」「HELLO」などのシングル曲を発表します。
沢田研二さんは1985年に事務所を独立し、その頃からテレビにはあまり登場しなくなりました。
しかし、今でもライブ活動を中心に活躍しています。
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