Sony Music Shop

管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/7/19 木曜日

「眠れぬ夜」〜西城秀樹

Filed under: 西城秀樹, 1981年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:04:24

「眠れぬ夜」〜西城秀樹 最高3位(ベストテン内8週ランクイン)

西城秀樹さんの「サンタマリアの祈り」に続く、14曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この曲は、オフコースのカバー曲でした。

1981年1月15日に9位で初登場。
最高3位。
10位以内に8週。
20位以内に12週。
1981年の年間39位でした。

1981/01/08    17位
1981/01/15     9位
1981/01/22     4位
1981/01/29     3位
1981/02/05     3位
1981/02/12     5位
1981/02/19     6位
1981/02/26     8位
1981/03/05     9位
1981/03/12    13位
1981/03/19    15位
1981/03/26    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高10位(27.1万枚)
1981年の年間52位でした。
27.1万枚のセールスは、西城秀樹さんとしては大健闘しました。

この「眠れぬ夜」は、オフコースの1975年のシングル曲です。
当時は、オリコン最高48位(4.6万枚)の比較的目立たない曲でした。
1981年のこの年に西城秀樹さんが、カバーしたことで、多くの人に知られるようになりました。
今では、「眠れぬ夜」は、西城秀樹さんのヒット曲と言うより、どちらかと言うとオフコースの名曲として名高いです。

西城秀樹さんは、1980年には、シングルを出すごとにセールス的に低迷していました。
新しい80年代にどう活動していくのか、その辺りの大きな課題にぶち当たってたと思います。
しかし、この曲によって新たな西城秀樹さんの世界を築けた様にも思えます。
ザ・ベストテンでは、最高3位まで順位を上げ、セールス的にもまずまずの成績を残しました。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ


GOLDEN☆BEST
BMG JAPAN
発売日:2004-12-22
HIDEKI 80’S
BMG JAPAN
発売日:1999-12-16

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/6/30 土曜日

「サンタマリアの祈り」〜西城秀樹

Filed under: 西城秀樹, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:49:16

「サンタマリアの祈り」〜西城秀樹 最高9位(ベストテン内3週ランクイン)

西城秀樹さんの「エンドレス・サマー」に続く、13曲目の登場曲です。
この時点で西城秀樹さんは、山口百恵さんの12曲連続ランクイン記録を更新しました。

1980年10月30日に9位で初登場。
10位以内に3週、20い以内に10週ランクイン。
1980年の年間49位でした。

1980/10/23    12位
1980/10/30     9位
1980/11/06     9位
1980/11/13    11位
1980/11/20    10位
1980/11/27    13位
1980/12/04    14位
1980/12/11    14位
1980/12/18    18位
1980/12/25    18位

オリコンチャートでは、最高13位(11.1万枚)で、年間100位圏外でした。
レコード売り上げとしては、1973年の西城秀樹さんの初の大ヒット曲「情熱の嵐」 以来、自己最低セールスでした。

この「サンタマリアの祈り」は、時代に反した重たい曲でした。
80年代は、ノリの良いポップスが大衆に好まれた時代ですが、あえてシャンソンやカンッォーネの様な曲を西城さんは持ってきました。
その辺り、ヒットをあえて狙って無いのか?と思わせる感じです。

元々西城秀樹さんは、「愛の十字架」「白い教会」等、キリスト教の世界を歌った曲があり、この曲もそのイメージです。
西城秀樹さんは、そのイメージが良く合ってると思いますが!

“愛の歌は、ひとりぼっちでは歌えはしない”

↑覚えてるのは、この一説だけです。
西城秀樹さんは、物凄く感情を込めて歌ってました。

ザ・ベストテンでは、10位に初登場した河合奈保子さんと一緒に道後温泉からの中継で出演。
当時、生でザベストテンを見ていて、道後温泉と「サンタマリアの祈り」のミスマッチが妙に印象に残ってます。

西城秀樹さんは、この「サンタマリアの祈り」で暮のレコード大賞と紅白歌合戦に出演。
何故かセールス的に一番低いこの曲が選曲されました。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ


GOLDEN☆BEST
BMG JAPAN
発売日:2004-12-22

Essential HIDEKI-30th Anniversary 30 Songs-

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/6/16 土曜日

「エンドレス・サマー」〜西城秀樹

Filed under: 西城秀樹, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:01:21

「エンドレス・サマー」〜西城秀樹 最高4位(ベストテン内3週ランクイン)

西城秀樹さんの「俺たちの時代」に続く、12曲目のザ・ベストテン登場曲です。
俺たちの時代」から、わずか2ヶ月でのシングル曲です。

1980年8月14日に4位で初登場。
最高が4位で、10位以内に3週、20位以内に8週ランクイン。
1980年の年間50位圏外でした。

1980/08/07    12位
1980/08/14     4位
1980/08/21     6位
1980/08/28     7位
1980/09/04    11位
1980/09/11    12位
1980/09/18    14位
1980/09/25    17位

オリコンチャートでは、最高12位(12.1万枚)で、年間100位圏外でした。
オリコンチャートでは、西城秀樹さんには珍しく週間トップ10位圏内に入りませんでした。

この曲は、西城秀樹さんの往年のオーソドックスなタイプの曲です。
ザ・ベストテンで3週のみのランクインでしたが、もっとヒットしても良さそうな曲だと思います。
この時期、新しいアイドルの登場と新しいニューミュージックの大ヒットが重なり、他の楽曲に埋もれてしまった感があります。

丁度1980年は、新旧のアイドルの大きな世代交代の時で、西城秀樹さんもその転換期に飲み込まれた印象です。
しかし急激に人気がダウンすることなく、ザ・ベストテンでは1980年のシングル全曲が小ヒット也にベストテン入りを果たしてます。
しかし「エンドレス・サマー」売り上げが、10万枚ちょっとと、それまでの西城秀樹さんのシングルセールスでは、70年代にブレイクして以来、過去最低の売り上げなのは否めません。
前年の大ブレイクの反動もあり、西城さんは、この年は苦戦を強いられた様です。

それ以降、西城秀樹さんは、そのブランド力と持ち前の個性と歌唱力によって、その後も消えることなく長く活動し、80年代も数々のヒットを飛ばします。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ

Essential HIDEKI-30th Anniversary 30 Songs-

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/6/3 日曜日

「俺たちの時代」〜西城秀樹

Filed under: 西城秀樹, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 15:35:00

「俺たちの時代」〜西城秀樹 最高3位(ベストテン内6週ランクイン)

西城秀樹さんの「愛の園(AI NO SONO)」に続く11曲目のザ・ベストテン登場曲です。
前曲発表から2ヶ月余りの短い期間でのシングル発表でした。

1980年6月26日に7位で初登場。
最高3位で、10位以内に6週、20位以内に10週ランクイン。
1980年の年間46位でした。

1980/06/12    20位
1980/06/19    11位
1980/06/26     7位
1980/07/03     3位
1980/07/10     3位
1980/07/17     3位
1980/07/24     4位
1980/07/31     9位
1980/08/07    11位
1980/08/14    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高6位(15.2万枚)で、年間99位でした。
レコードセールスとしては、いまいちな売り上げです。

この「俺たちの時代」は、西城秀樹さんらしく明るく元気な曲。
前年の大ヒット曲「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」を意識したような曲でした。
大きなヒットに至らなかった要因は、やっぱり「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」と似てて、新鮮味が無かったせいかもしれません。
ザ・ベストテンに置いても、最高3位までランクを上げましたが、10位以内に6週のみのランクイン。
短い期間の登場だった為、西城さんの曲の全体の印象としては弱い感じです。

1980年の西城秀樹さんは、短いターンでシングルを発表しました。
この「俺たちの時代」の次のシングル「エンドレス・サマー」は、2ヶ月も経たずに発表します。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ

HIDEKI 80’S
BMG JAPAN
発売日:1999-12-16
GOLDEN☆BEST
BMG JAPAN
発売日:2004-12-22

Essential HIDEKI-30th Anniversary 30 Songs-

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/5/19 土曜日

「愛の園(AI NO SONO)」〜西城秀樹

Filed under: 西城秀樹, 1980年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:56:36

「愛の園(AI NO SONO)」〜西城秀樹 最高3位(ベストテン内9週ランクイン)

西城秀樹さんの「悲しき友情」に続く、10曲目のザ・ベストテン登場曲です。
スティービー・ワンダー作曲でした。

1980年4月10日に6位で初登場。
最高3位で、10位以内に9週、20位以内に12週ランクイン。
1980年の年間30位でした。

1980/04/03    14位
1980/04/10     6位
1980/04/17     3位
1980/04/24     5位
1980/05/01     5位
1980/05/08     6位
1980/05/15     5位
1980/05/22     6位
1980/05/29     7位
1980/06/05     8位
1980/06/12    11位
1980/06/19    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高7位(23.8万枚)で、年間63位でした。
やはり、レコードセールスでは、やや弱かった印象です。

この「愛の園(AI NO SONO)」は、スティービーワンダーの曲で、西城秀樹さんはカバーでした。
この曲は、西城さんの今までの曲とは、全く印象の異なるタイプの曲です。
西城さんは、バラード曲も多いのですが、この「愛の園(AI NO SONO)」は、壮大なメッセージソングの様なタイプの曲で、当時名曲との評価もありました。
アレンジ(編曲)は、坂本龍一さんが担当しました。

個人的にも好きな曲でした。
ザ・ベストテンでのセットもこの曲に合わせて、壮大なイメージでした。
子供のコーラス隊もバックに率いていた記憶もあります。

大きなヒットでは無いけれど、西城さんも売り上げとかチャートとかを一切意識せず、良い曲を歌いたいと番組で語ってました。
「愛の園(AI NO SONO)」は、西城秀樹さんの中では地味なタイプの曲でしたが、良い曲だったので、もう少しヒットしても良かったと思います。
その辺りが、当時の時代だった様な気がします。
当時は、アイドル系シンガーは、曲よりもビジュアルやインパクト優先な時代でした。
もう少し、後の時代にこの曲が歌われてたら、きっともっとヒットしてたのでは?と思います。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ

HIDEKI 80’S
BMG JAPAN
発売日:1999-12-16

Essential HIDEKI-30th Anniversary 30 Songs-

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

« 前のページ次のページ »

HTML convert time: 0.511 sec. Powered by WordPress ME