「すずめ」〜増田けい子
「すずめ」〜増田けい子 最高9位(ベストテン内4週ランクイン)
元ピンク・レディーのケイこと増田けい子(現・増田恵子)さんのソロでのザ・ベストテン初登場です。
この「すずめ」が増田けい子さんにとってソロデビュー第一弾シングルでした。
1982年2月18日に9位で初登場。
最高9位。
10位以内に4週。
20位以内に12週。
1982年の年間43位。
1982/01/14 20位
1982/01/21 19位
1982/01/28 18位
1982/02/04 16位
1982/02/11 14位
1982/02/18 9位
1982/02/25 9位
1982/03/04 10位
1982/03/11 10位
1982/03/18 12位
1982/03/25 14位
1982/04/01 17位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高9位(26.7万枚)
1982年の年間47位。
増田けい子さんは、1976年から1981年までピンク・レディーとして大活躍!
ザ・ベストテンでは「UFO」で初回の第1位を飾りました。
ピンク・レディー解散直前にこのザ・ベストテンのスポットライトコーナーに出演し、増田けい子さんはそれ以来のザ・ベストテン登場となります。
そのピンク・レディーのイメージを完全に拭い去り、解散後、ソロシンガーとしてこの「すずめ」を1981年11月28日にリリースしました。
この「すずめ」は中島みゆきさんの作詞作曲でした。
ピンク・レディーと中島みゆき!
全くかけ離れたイメージがあります。
共通点は、どちらもザ・ベストテンの第1回目にランクインされたことくらいです。
この曲は、中島みゆきさんもその後アルバム「御色なおし」の中でセルフカバーされました。
この「すずめ」がベストテン入りしたのは1982年2月18日。
前年の1981年11月28日に発売以降、じわじわチャートを登り大ヒットに至りました。
ヒットの要因は、ピンク・レディーのケイちゃんのイメージチェンジと中島みゆき楽曲にあると思います。
イメージの逆転がうまく成功したのだと思います。
「すずめ」は、増田けい子さん唯一のソロシングルでのベストテンヒットでした。
増田けい子さんは、その後1982年に松任谷由実作詞作曲「ためらい」をカバー。
その他、竹内まりや作詞作曲「らせん階段」、1984年にはサザンオールスターズの桑田佳祐作詞作曲「女優」と話題曲を発表しました。
もう1人のピンク・レディーもミーさんも、1981年にMIEとして「ブラームスはロックがお好き」でソロデビュー。
1984年に「NEVER」が大ヒットし、ザ・ベストテンに登場します。
ピンク・レディーは二人ともソロとしてヒット曲を持ち、ザ・ベストテンに登場しました。
以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ
増田けい子(恵子)さんのプロフィール
本名:桑木啓子
1957年、9月2日生まれ。
1976年、「スター誕生!」にて合格し、ピンク・レディーとして「ペッパー警部」でデビュー。
1977年、「S・O・S」「カルメン’77」「渚のシンドバッド」「ウォンテッド」と立て続けに大ヒットを記録し、紅白歌合戦に初出場。
1978年、「UFO」でレコード大賞受賞。「サウスポー」で歌謡大賞を受賞。「モンスター」で5曲連続ミリオンセラーを記録。
1979年、渡米し、ピンク・レディーとして全米デビューを果たす。
1981年、ピンク・レディーを解散。11月の「すずめ」でソロデビューする。
1982年、「すずめ」が大ヒットする。その他、映画やテレビドラマで女優としても活動する。
1984年、期間限定でピンク・レディーを再結成する。
1989年、1990年、2000年、ピンク・レディーとして紅白歌合戦に出場。
1990年、Kéiとしてフランスでも歌手デビューを果たす。
2003年〜2005年、本格的にピンク・レディーとして全国ツアーを行う。
2005年、12月7日にはソロとしては15年ぶりに新曲「奇蹟の花」をリリースする。
トラックバック URI : http://bestten.cozy-info.com/archives/274/trackback/
コメント (0)







