「色つきの女でいてくれよ」〜ザ・タイガース
「色つきの女でいてくれよ」〜ザ・タイガース 最高2位(ベストテン内10週ランクイン)
60年代のGSブームにて圧倒的な人気を誇ったザ・タイガースが復活し、ザ・ベストテンに初登場!
沢田研二さんも、ザ・タイガースとして登場!
1982年3月25日に10位で初登場。
最高2位。
10位以内に10週。
20位以内に12週。
1982年の年間19位。
1982/03/18 16位
1982/03/25 10位
1982/04/01 7位
1982/04/08 5位
1982/04/15 4位
1982/04/22 2位
1982/04/29 3位
1982/05/06 2位
1982/05/13 3位
1982/05/20 4位
1982/05/27 6位
1982/06/03 16位
オリコンチャートでは、最高4位(42.7万枚)
1982年の年間19位。
ザ・タイガースは、60年代後半にその時代の人気の頂点を極めたGS(グループサウンズ)バンド!
当時としてはアイドルバンド!
沢田研二さんは、ザ・タイガース時代から既にスターで人気者でした。
GSの中ではトップクラスの人気を誇り、伝説的なグループでした。
ザ・タイガースは、「僕のマリー」「シーサイドバウンド」「モナリザの微笑」「君だけに愛を」「花の首飾り」「シーシーシー」「廃虚の鳩」「青い鳥」「スマイル・フォー・ミー」とヒット曲も多数あります。
メンバーは、沢田研二さんの他に岸部修三(岸部一徳)さん、加橋かつみさん、森本太郎さん、瞳みのるさんでした。
後に加橋かつみさんが脱退し、岸部シローさんがメンバーに加わります。
ザ・タイガースは、1971年に解散し、1981年の暮れに再結成!
シングル「十年ロマンス」がザ・ベストテンに最高19位にランクインし、この「色つきの女でいてくれよ」で初のベストテン入りしました。
最高2位まで登り、この年を代表するヒット曲となりました。
「色つきの女でいてくれよ」は、コーセー化粧品の春のイメージソングとして、CMで多く流されました。
ザ・タイガースのメンバーもCM出演し話題に!
この曲では、メインボーカルを加橋かつみさんが担当し、沢田研二さんはサブボーカルでした。
再結成の際にドラムの瞳みのるさんが不参加だったことから、全員横並びの演奏形式を取り、全員でコーラスを担当。
パッと見た目、コーラスグループにも見えました。
この頃は、オールデイズやGSが再びリバイバル的に流行しました。
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ザ・タイガースのプロフィール
沢田研二(ジュリー) ボーカル
岸部修三(サリー、後に岸部一徳に改名)ベース
加橋かつみ(トッポ) ギター
森本太郎(タロー) ギター
瞳みのる(ピー)ドラム
岸部シロー(シロー)ギター、タンバリン
1967年、2月5日いシングル「僕のマリー」でデビュー。セカンド・シングル「シーサイドバウンド」と「モナリザの微笑」が大ヒットしブレイクする。
1968年、「君だけに愛を」「花の首飾り/銀河のロマンス」「シーシーシー」と次々に大ヒット曲を発表し、当時のトップGSバンドとなる。日本初のスタジアム・ライブとなるザ・タイガース・ショー〜真夏の夜の祭典を後楽園球場で開催。
1969年、加橋かつみがザ・タイガースを脱退し、新メンバーとして岸部シローが参加する。
1971年1月24日、日本武道館にて解散コンサートを開きタイガースは解散する。
1981年、「さよなら日劇ウエスタン・カーニバル」が開催され、ザ・スパイダース、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ザ・カーナビーツなどろ共にザ・タイガースも再結成し出演。ドラムスの瞳みのる以外のメンバーが結集した。11年ぶりにシングル「十年ロマンス」を発表。
1982年、「色つきの女でいてくれよ」が大ヒットし、2度目のブームが訪れる。
1989年、NHK紅白歌合戦に初出場し、「花の首飾り」「君だけに愛を」を演奏する。
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