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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/11/22 木曜日

「TVの国からキラキラ」〜松本伊代

Filed under: 松本伊代, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:54:51

「TVの国からキラキラ」〜松本伊代 最高9位(ベストテン内1週ランクイン)

松本伊代さんの「ラブ・ミー・テンダー」に続く、3曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年7月8日に9位で初登場。
最高9位。
10位以内に1週。
20位以内に8週。
1982年の年間76位。

1982/06/03    20位
1982/06/10    14位
1982/06/17    12位
1982/06/24    11位
1982/07/01    11位
1982/07/08     9位
1982/07/15    16位
1982/07/22    20位

オリコンチャートでは、最高15位(13万枚)
1982年の年間100位圏外。

この「TVの国からキラキラ」ではコピーライターの糸井重里さんが作詞を手がけ、ちょっと変わった曲風が話題に!
歌詞にもある通り、まるで少女漫画の世界!
コミックソングの感じもありましたが!

「ね〜、君って、キラキラ!」

↑の台詞も印象に残ってます。

この曲のバックは、いままで二人だったコーラス「キャプテン」が4人に増加されパワーアップ!
松本伊代さんの衣装もキンキラでゴージャスでした。

この「「TVの国からキラキラ」は、ザ・ベストテンには1週のみのランクイン。
場所は忘れましたが、中継だったと思います。
10位圏内に入るのに5週もかかり、いささか苦戦していた頃だったと思います。
他の1982年組アイドル達も3月〜5月にデビューし、着実に人気を上げていた頃、松本伊代さんだけはシングルを出すごとに人気を下げていった様な当時の印象があります。
夏の新人賞レースの日本テレビ音楽祭では最優秀新人賞確実と言われながら、小泉今日子さんに奪われたこともありましたが!

デビュー曲の「センチメンタル・ジャーニー」のインパクトがあまりに強くヒットしすぎたのかもしれません。
この「TVの国からキラキラ」では、更に強いインパクトを世間にアピールしようとしていた印象があります。

次のシングル「オトナじゃないの」でも、このコミック的な路線で頑張りますが!残念ながらベストテンランク外でした。
(「オトナじゃないの」最高12位)

他の82年組アイドル達がドンドン人気上昇していく中、やや焦りの様なものも感じました。
松本伊代さんは、ちょっと早すぎた82年組アイドル!
そんな感じですね。

「オトナじゃないの」の次のシングル「抱きしめたい」で再びザ・ベストテンに登場します。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/10/17 水曜日

「ラブ・ミー・テンダー」〜松本伊代

Filed under: 松本伊代, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:25:22

「ラブ・ミー・テンダー」〜松本伊代 最高9位(ベストテン内2週ランクイン)

松本伊代さんの「センチメンタル・ジャーニー」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年2月25日に10位で初登場。
最高9位。
10位以内に2週。
20位以内に8週。
1982年の年間64位。

1982/02/18    15位
1982/02/25    10位
1982/03/04    11位
1982/03/11     9位
1982/03/18    11位
1982/03/25    12位
1982/04/01    15位
1982/04/08    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高11位(16.1万枚)
1982年の年間89位。

前作「センチメンタル・ジャーニー」でブレイクした松本伊代さん。
この「ラブ・ミー・テンダー」は2曲目のシングルでした。
前作のインパクトが大きい為か、「ラブ・ミー・テンダー」は印象として薄いかもしれません。
前作に続き、作詞が湯川れい子さん、作曲が筒美京平さんでした。

「ラブ・ミー・テンダー」と言うと、エルビス・プレスリーのヒット曲と同名タイトルです。
センチメンタル・ジャーニー」もオールデイズと同じタイトルで、この頃のオールデイズブームに肖り、あえてタイトルに持ってきたのかもしれません。
作詞家の湯川れい子さんは、確かオールデイズファンだったような気がします。
(関係ないかもしれませんが!)

この曲はオリコンチャートでは最高で11位でしたが、ザ・ベストテンでは10位以内に2週ランクイン!
松本伊代さんは、この頃なかなかオリコンチャートでは苦戦し、10位以内に入らなかったことが多かったです。

この曲の時にザ・ベストテンでは、「すずめ」での増田けい子さんと一緒に登場することがあり、松本伊代さんはピンク・レディーの「渚のシンドバッド」の振り付けを行ったこともありました。

1982年組アイドルの先駆者的な存在の松本伊代さん。
当時のブロマイドの売り上げではダントツのトップだったとか!
この直後、大勢の82年組アイドルが登場し、次々とベストテン入りし人気の逆転現象が起こるなどと、誰もがこの時思わなかったでしょう!

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2007/9/27 木曜日

「センチメンタル・ジャーニー」〜松本伊代

Filed under: 1981年登場曲, 松本伊代 — ベストテンマニア:K @ 23:27:44

「センチメンタル・ジャーニー」〜松本伊代 最高6位(ベストテン内5週ランクイン)

1982年組アイドルの先駆者的存在の松本伊代さんのザ・ベストテン初登場曲です。
この「センチメンタル・ジャーニー」が松本伊代さんのデビュー曲です。

1981年12月10日に6位で初登場。
最高6位。
10位以内に5週。
20位以内に13週。
1981年の年間50位圏外。
1982年の年間79位。

1981/11/12    18位
1981/11/19    15位
1981/11/26    15位
1981/12/03    11位
1981/12/10     6位
1981/12/17     6位
1981/12/24     7位
1982/01/07     6位
1982/01/14     8位
1982/01/21    11位
1982/01/28    11位
1982/02/04    15位
1982/02/11    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高9位(34.3万枚)
1981年の年間100位圏外。
1982年の年間53位(24.0万枚)

「センチメンタル・ジャーニー」は、1981年10月21日に発売し、松本伊代さんはこのデビュー曲でいきなり大ヒットし、ザ・ベストテンに初登場!
同年たのきんトリオの人気番組「たのきん全力投球」でデビュー!
「センチメンタル・ジャーニー」のレコードデビュー前からCM等でその存在をアピール!
当時、大型新人アイドルでした。

「伊代はまだ、16だから〜」通り、松本伊代さんは当時16歳でした。
同時期に大ヒットしてた「ハロー・グッバイ」の柏原よしえ(芳恵)さんと堀越学園の同級生で、10位以内にランクインする前にふたり揃ってスポットライトコーナーに出演。
松本伊代さんと柏原よしえ(芳恵)さんは当時ライバル的な関係で、ふたりの番組「ピンキーパンチ大逆転」でも共演したこともあります。
(実は仲は良くなかった!との松本伊代さんからの発言もありましたが)

松本伊代さんは1981年のデビューですが、各音楽祭の新人賞では翌1982年に入り、1982年組アイドルとして扱われてます。
1982年組アイドルでは、筆頭株的な存在です。
1982年組で他にザ・ベストテンに登場したアイドルは、シブがき隊中森明菜さん、小泉今日子さん、堀ちえみさん、石川秀美さん、早見優さん達大勢がが居ます。
ザ・ベストテンには入らなかったものの新井薫子さん、北原佐和子さん、三田寛子さんも当時人気ありました。

松本伊代さんは、82年組の新人アイドルの中でも当時から別格扱いでした。
デビューが他のアイドル歌手よりも早かったことと、「センチメンタル・ジャーニー」の大ヒットの影響でしょう!
いろんな音楽祭の新人賞では、他のアイドル達がノミネートだけでも感激している時に松本伊代さんだけは落ち着いた印象でした。
しかし、他の82年組が大活躍する1983年にはヒット曲にやや陰りを見せ始め、追い抜かれてしまった印象もあります。

松本伊代さんは、意外なことに紅白歌合戦に一度も出場してません。
1982年の紅白歌合戦では柏原よしえ(芳恵)さんと共に当確だと思われていたのに落選!
その後も他の82年組アイドル達が次々と紅白に出場するものの、松本伊代さんだけが紅白歌合戦と縁が無く、当時本人も一度だけで良いから出場したい!とコメントされてました。

松本伊代さんは、「センチメンタル・ジャーニー」以降、「ラブ・ミー・テンダー」「TVの国からキラキラ」「抱きしめたい」「時に愛は」「恋のKNOW-HOW」の計6曲がザ・ベストテンにランクインしました。
ベストテンには入らなかったものの他に「オトナじゃないの」(最高12位)、「チャイニーズ・キッス」(最高13位)、「太陽がいっぱい」(最高14位)、「恋のバイオリズム」(最高14位)、「ビリーブ」(最高11位)、「信じ方を教えて」(最高18位)等のヒット曲もあります。

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松本伊代さんのプロフィール
本名:小園伊代
1965年、6月21日生まれ。
1981年、TBS「たのきん全力投球」の田原俊彦の妹役でデビュー。10月21日「センチメンタル・ジャーニー」で歌手デビューし大ヒットする。
1982年、レコード大賞をはじめ新人賞を受賞。
1983年、レコード大賞ゴールデンアイドル賞受賞。尾崎亜美作詞作曲「時に愛は」がヒット。
1985年、五社英雄監督映画「薄化粧」でスクリーンデビューする。
1986年〜87年、シングル恋愛三部作の「信じかたを教えて」「サヨナラは私のために」「思い出をきれいにしないで」が好評を得る。
その他「オールナイトフジ」のパーソナリティ等バラエティでも活躍する。
1993年、B21スペシャルのヒロミと結婚、その後2男の母となる。
2005年、早見優・堀ちえみとともにママドルユニット「キューティー★マミー」を結成。

松本伊代 Best Selection
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発売日:2005-03-24
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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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