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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/9/4 火曜日

「白いパラソル」〜松田聖子

Filed under: 1位獲得曲, 松田聖子, 1981年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:49:26

「白いパラソル」〜松田聖子 最高1位(ベストテン内10週ランクイン)

松田聖子さんの「夏の扉」に続く、5曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「白いパラソル」は、ザ・ベストテン至上初めての初登場1位を獲得!

1981年8月13日に1位で初登場。
最高1位を4週。
10位以内に10週。
20位以内に12週。
1981年の年間22位。

1981/08/06    11位
1981/08/13     1位
1981/08/20     1位
1981/08/27     1位
1981/09/03     1位
1981/09/10     2位
1981/09/17     2位
1981/09/24     3位
1981/10/01     3位
1981/10/08    10位
1981/10/15    13位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では最高1位(48.8万枚)
1981年の年間23位。

ザ・ベストテンが始まってから、初登場で1位を最初に獲得した松田聖子さんの「白いパラソル」です。
初登場1位は、この頃まだ異例なことでした。
その後、1984年に中森明菜さんの「北ウィング」が初登場1位を獲得するまで、この記録は「白いパラソル」だけでした。

当時、ザ・ベストテンを見ていて、前の週に「白いパラソル」が11位にランクインされていたことを覚えてて、この回にトップ3の発表が進むに連れて、妙な緊張感が沸きました!
2位の田原俊彦さんの「キミに決定!」の発表が終わると、もう松田聖子さんの新曲「白いパラソル」が確実に初登場1位!
凄いことだな〜!と当時思ったことが鮮明に記憶にあります。

この「白いパラソル」から松本隆さんが作詞を担当。
その後の松田聖子楽曲のほとんどを世に送り出しました。
松田聖子さんと松本隆さんは、ゴールデンコンビと言えるでしょう。
この曲の作曲は「チェリー・ブラッサム」「夏の扉」と3曲連続財津和夫さんでした。

「白いパラソル」は、真夏のビーチリゾートをイメージさせたバラード曲でした。
リゾートと松田聖子さんはイメージがピッタリでした。
どの曲も季節感を前面に押し出し、この辺り戦略が上手いと思います。

ザ・ベストテンでは、初登場以降4週に渡って1位を獲得し、10月1日の3位から翌週10位へ転落。
最初に一気に飛ばした感じです。
この曲の発売が7月中旬とあって、ヒットしている最中に季節が秋に変わったことが一因かな?と思います。
翌年の松田聖子さんのヒットシングル「小麦色のマーメイド」も同じ傾向が感じられます。

松田聖子さんは、ザ・ベストテンではこの「白いパラソル」がトータル4曲目に1位獲得曲でした。

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2007/8/14 火曜日

「夏の扉」〜松田聖子

Filed under: 松田聖子, 1981年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 0:01:27

「夏の扉」〜松田聖子 最高2位(ベストテン内11週ランクイン)

松田聖子さんの「チェリー・ブラッサム」に続く、4曲目のザ・ベストテン登場曲です。
今でも松田聖子さんの代表的な1曲です。

1981年5月7日に6位で初登場。
最高2位。
10位以内に11週。
20位以内に13週。
1981年の年間11位。

1981/04/30    14位
1981/05/07     6位
1981/05/14     4位
1981/05/21     3位
1981/05/28     2位
1981/06/04     2位
1981/06/11     2位
1981/06/18     2位
1981/06/25     3位
1981/07/02     3位
1981/07/09     5位
1981/07/16    10位
1981/07/23    13位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(56.8万枚)
1981年の年間14位。

オリコンチャートでは、ギリギリ1位を2週獲得した「夏の扉」ですが、ザ・ベストテンでは1位を取ってません。
寺尾聰さんの「ルビーの指環」には勝てませんでした。

「夏の扉」は、当時を知る人ならば、誰でも歌えるかなりポピュラーな曲です。
曲のテンポも良く、松田聖子初期の名曲!
初夏の雰囲気や海辺のリゾートを感じさせるさわやかな楽曲!
この曲もチューリップの財津和夫さん作曲でした。

「夏の扉」では、松田聖子さんはミニスカートで登場!
当時は、ミニスカートは珍しかったです。
(「秘密の花園」では、超ミニでしたが!)

松田聖子さんは、この曲のヒット中に映画「野菊の墓」の撮影と重なり、超激務に追われていたとか!
ザ・ベストテンでは、「野菊の墓」の撮影現場からの中継もありました。

当時の歌番組は、ザ・ベストテン以外にもたくさんあり、この頃の松田聖子さんは毎日の様にテレビに出演!
毎日、何かの音楽番組に出演していたのでは!と思います。
70年代からの歌謡曲全盛期がこの頃、まだ勢いがありました。

松田聖子さんは、デビュー2年目にして、トップアイドルとして頂点を極めていました。
彼女に勝てる女性アイドル不在の時代でした。
ライバル中森明菜さんの登場までまだ1年以上もある頃でした。

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2007/7/24 火曜日

「チェリー・ブラッサム」〜松田聖子

Filed under: 1位獲得曲, 松田聖子, 1981年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:35:13

「チェリー・ブラッサム」〜松田聖子 最高1位2週(ベストテン内10週ランクイン)

松田聖子さんの「風は秋色」に続く、3曲目のザ・ベストテン登場曲。
この「チェリー・ブラッサム」も大ヒットし1位を獲得。

1981年2月5日に4位で初登場。
最高1位を2週。
10位以内に10週。
20位以内に12週。
1981年の年間17位。

1981/02/05     4位
1981/02/12     3位
1981/02/19     2位
1981/02/26     1位
1981/03/05     1位
1981/03/12     2位
1981/03/19     2位
1981/03/26     5位
1981/04/02     6位
1981/04/09     8位
1981/04/16    11位
1981/04/23    14位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(67.6万枚)
1981年の年間9位(67.4万枚)
この曲も松田聖子さんの代表的なヒット曲です。
総売上と1981年の売上が若干違うのは、シングルCD売り上げが加算されているものと思われます。

この「チェリー・ブラッサム」は、当時チューリップの財津和夫さん作曲でした。
その他、松田聖子楽曲の津和夫さんの作曲は、「夏の扉」「白いパラソル」「野ばらのエチュード」があります。
その他、松田聖子さんのアルバム曲にも財津和夫さんは、たくさん提供してます。

「チェリー・ブラッサム」とは、文字通り「桜の木」です。
春をテーマにした1曲です。
松田聖子さんの楽曲は、どれも季節感を前面に押し出した曲がほとんどです。
季節を先取りし、冬の段階で春の歌を歌う!
そんなスタンスでした。
松田聖子さんの曲は、どれも名曲ばかりで、この「チェリー・ブラッサム」も今でも人気のある曲です。

この頃の松田聖子さんは、物凄い人気でした。
過去の芸能生活で一番の忙しさだった!と後で本人が言ってました。
デビュー2年目に突入した松田聖子さんの1曲目!
この頃は、男性ファンがほとんどだったと思います。
女性ファンが増えるのは、翌1982年の「赤いスイートピー」辺りからだと思います。

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2007/6/27 水曜日

「風は秋色」〜松田聖子

Filed under: 1位獲得曲, 1980年登場曲, 松田聖子 — ベストテンマニア:K @ 23:29:14

「風は秋色」〜松田聖子 最高1位4週(ベストテン内12週ランクイン)

松田聖子さんの「青い珊瑚礁」に続く、2曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この「風は秋色」でも、2曲目の1位を獲得。

1980年10月23日に10位で初登場。
11月20日に1位を4週連続獲得。
10位以内に12週、20位以内に15週ランクイン。
1980年の年間26位。
1981年の年間は50位圏外。

1980/10/16    16位
1980/10/23    10位
1980/10/30     5位
1980/11/06     2位
1980/11/13     2位
1980/11/20     1位
1980/11/27     1位
1980/12/04     1位
1980/12/11     1位
1980/12/18     2位
1980/12/25     2位
1981/01/08     8位
1981/01/15    10位
1981/01/22    12位
1981/01/29    20位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(79.6万枚)でした。
1980年の年間14位(57.3万枚)、1981年の年間65位(22.2万枚)でした。
この曲で松田聖子さんは、オリコン初の1位を獲得。
1983年の「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」(85.7万枚)までは、この「風は秋色」が聖子楽曲では、一番売れたシングル曲でした。

この「風は秋色」は、資生堂エクボのCMソングでした。
デビュー曲の「裸足の季節」に次ぐ資生堂エクボのタイアップ曲です。
松田聖子さんは、CMタイアップ曲が多く、当時半分以上が何かしらCMソングとして使われていたと思います。

この曲は、前曲の「青い珊瑚礁」と何となく似たイメージがあります。
曲の構成も似てます。
それ故、当時大ヒットしたにも関わらず、印象が弱い感じを受けます。
当時の音楽賞では、「青い珊瑚礁」でノミネートされてたことも要因かもしれません。
それにしても79万枚は、大ヒットです。
可愛い曲で、個人的には好きです。

ザ・ベストテンでは、この曲の初登場時、「青い珊瑚礁」も同時にランクインし、松田聖子さんは2曲同時ランクインを達成。
まさにスーパーアイドルでした。
デビューした直後、ポスト山口百恵と呼ばれてましたが、彼女のシングル売り上げの最高記録の「横須賀ストーリー」(66.1万枚)を越えてしまい、松田聖子の時代を感じさせました。

この頃の松田聖子さんは、大忙しの日々で、デビューしてから休日が一日も無く、この曲のランクイン中に1日だけオフをもらえたとか!
その時は、もちろんザ・ベストテンの出演は無しでした。
後に当時のことを聖子さん自身が振り返り、このザ・ベストテンの出演が終わっても次にレコーディング会場に向かい、歌い終えたら深夜にそのままアイドル雑誌の「平凡」や「明星」の撮影会場へ!
ハードスケジュールを越えた日々だったとか!

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2007/6/14 木曜日

「青い珊瑚礁」〜松田聖子

Filed under: 1位獲得曲, 1980年登場曲, 松田聖子 — ベストテンマニア:K @ 22:55:28

「青い珊瑚礁」〜松田聖子 最高1位3週(ベストテン内11週ランクイン)

80年代を代表するスーパーアイドル松田聖子さんのザ・ベストテン初登場曲が、この「青い珊瑚礁」でした。
松田聖子の時代の幕開けです。

1980年8月14日に8位で初登場。
最高1位で、10位以内に11週、20位以内に14週ランクイン。
1980年の年間16位でした。

1980/08/07    20位
1980/08/14     8位
1980/08/21     5位
1980/08/28     5位
1980/09/04     4位
1980/09/11     2位
1980/09/18     1位
1980/09/25     1位
1980/10/02     1位
1980/10/09     2位
1980/10/16     4位
1980/10/23     6位
1980/10/30    14位
1980/11/06    17位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(60.2万枚)で、年間15位でした。
オリコンでは意外に1位を取ってません。

この「青い珊瑚礁」は、前週の20位からいきなり8位にジャンプアップ!
田原俊彦さんの「哀愁でいと」に続き、いきなりのベストテン入りです。
当時としては、珍しいことでした。
80年組新人アイドルとしても田原俊彦さん、岩崎良美さんに続き3人目の登場です。

この「青い珊瑚礁」で、松田聖子さんは、一躍トップアイドルに躍り出ました。
丁度、山口百恵さんの引退と重なり、デビュー直後から“ポスト百恵”と呼ばれてました。
事実、70年代が山口百恵さんなら、80年代は松田聖子さんと言えるくらい時代のアイドルでした。
髪型も“聖子ちゃんカット”と呼ばれ、ブームを呼びました。

1位を獲得した回では、感激の余り泣いて中継先の母親との会話で「おか〜さん!」を連発。
しかも涙が流れてなかったことで、このエピソードが視聴者に強い印象を与え、後々他の番組にて物真似される自体となりました。
又、このベストテンでのエピソードが発端で、“ブリッコ”と言う流行語を生み出しました。
ザ・ベストテンの影響力は、当時凄いものでした。

「青い珊瑚礁」のザ・ベストテン初登場時、松田聖子さんは、羽田空港からの中継でした。
この中継は、ランキング発表から飛行機から降りる松田聖子さんの出演まで、異例の長時間に渡る生中継を行いました。
実際は、予定よりも早く着陸予定でしたが、番組の演出に合わせ、飛行機の着陸をランキング発表時に合わせたとか!
恐るべしTBS!
羽田空港にて、飛行機をバックに滑走路で「青い珊瑚礁」を歌う松田聖子さんの姿は、当時を知る方なら誰でも記憶に残ってるんじゃないかと思います。

松田聖子さんは、その後も大ヒット曲の連続で、ザ・ベストテンには欠かせない存在となります。
当時、松田聖子さんの女性アイドルでのライバルは不在でした。
2年後、互角に人気を分けるライバルとして中森明菜さんがデビューし、聖子さんと1位を取り合うことになります。
中森明菜さんが、唯一のライバルでしょう。

聖子さん関係のゴシップも多く、1984年の郷ひろみさんとの交際が公にされた以降、郷さんとの破局、その直後の神田正樹さんとの結婚発表、近藤真彦さんとの不倫騒動、ライバルの中森明菜さんとの不仲騒動、その他バックダンサー(名前忘れました)との不倫騒動、神田さんとの離婚騒動、歯科医(名前忘れました)との再婚騒動、再び離婚騒動等、娘のSAYAKAさんとの決裂、…等、話題に事欠かなくワイドショーでは毎日の様に取り上げられてました。
80年代前半は時代を制するスーパーアイドルでしたが、80年代後半はスキャンダルの女王等と言われる様になりました。
それだけ、カリスマ的人気を誇っていたのだと思います。
今でも松田聖子さんは、特別なカリスマ性を持ち高い人気を誇ってます。

松田聖子さんは、デビュー曲の「裸足の季節」でスポットライトコーナーに岩崎良美さんと共に出演しましたが、最高11位でベストテン入りせず。
「青い珊瑚礁」以降、「風は秋色」「チェリーブラッサム」「夏の扉」「白いパラソル」「風立ちぬ」「赤いスィートピー」「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」「野ばらのエチュード」「秘密の花園」「天国のキッス」「ガラスの林檎」「SWEET MEMORIES」「瞳はダイアモンド」「Rock’n Rouge」「時間の国のアリス」「ピンクのモーツァルト」「ハートのイアリング」「 天使のウインク」「ボーイの季節」と21曲連続ランクイン。
結婚休業時に出した12インチシングル「ダンシング・シューズ」は最高11位。
2年後活動を再開し、「Strawberry Time」「Pearl-White Eve」「Marrakech」「旅立ちはフリージア」 と4曲ランクイン。
計25曲が、ザ・ベストテンにランクインしました。
1位獲得は、15曲でした。

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松田聖子さんのプロフィール。
1962年3月10日生まれ。
1978年、「ミス・セブンティーン」の九州地区大会で優勝するが、両親に反対され辞退。CBSソニー制作部の若松宗雄に見出されスカウトされる。
1979年、 サンミュージックプロダクションに所属し、芸能界入りする。日本テレビ系ドラマ「おだいじに」に「松田聖子」役で出演し、役名がその後の芸名となる。
1980年、NHK「レッツゴーヤング」にサンデーズのメンバーとしてレギュラー出演。4月1日に「裸足の季節」で歌手デビューし28万枚の大ヒット。「青い珊瑚礁」でブレイクし、新人賞を総なめ。紅白歌合戦に初出場。3曲目の「風は秋色」でオリコン1位を獲得し、以降24曲連続シングル1位を獲得する。
1981年、出す曲大ヒットし時代のアイドルとして頂点を極める。映画「野菊の墓」でスクリーンデビューし映画も話題になる。
1982年、「野ばらのエチュード」で、FNS歌謡祭でグランプリを獲得。
1983年、「ガラスの林檎」のB面「Sweet Memories」がペンギンアニメCMとして話題となり大ヒットする。
1984年、その年の賞関係を全て辞退し話題になる。郷ひろみとの交際が公になる。
1985年、郷ひろみと破局を迎えた直後、映画で共演した神田正樹さんとの婚約発表し大きな話題となる。その後活動を休業するが、紅白歌合戦で半年振りにテレビに登場する。
1986年、娘のSAYAKAさんを出産。休業中にアルバム「SUPREME」を発表し大ヒットする。レコード大賞アルバム大賞を受賞し、1年ぶりにテレビで歌う。紅白歌合戦にアルバム曲「瑠璃色の地球」で出場する。
1987年、2年ぶりにシングル「Strawberry Time」を発表する。
1988年、自由が丘に現在も営業中のブティック「フローレス・セイコ」をオープン。 米国進出の為、海外での活動が盛んとなる。
1989年、サンミュージックから独立し、個人オフィスの「ファンティック」を設立。この頃から不倫騒動等スキャンダルが話題となる。紅白歌合戦に落選する。
1992年、本人主演ドラマ主題歌「きっと、また逢える・・・」が久々に30万枚を越える大ヒット。
1993年、本人主演ドラマ主題歌「大切なあなた」が大ヒット。
1994年、「輝いた季節へ旅立とう」で、6年ぶりに紅白歌合戦に出場。
1996年、レコード会社を移籍し、シングル「あなたに逢いたくて〜 Missing You 〜」が8年ぶりのオリコンシングルチャート1位を獲得しミリオンセラーを突破、自身最大のヒットとなる。
1997年、神田正輝と離婚。当時異例の号外が出された。
1998年、突然歯科医と交際2か月で結婚し大きな話題になる。
2000年、郷ひろみとのデュエット曲「True Love Story」を発表し世間の度肝を抜く。12月に離婚。
2002年、大阪城ホールにおいて年末のカウントダウン・ライブを行う。
2007年、NHKドキュメンタリー「松田聖子〜女性の時代の物語」が放映された。

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