Sony Music Shop

管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/12/19 水曜日

「けんかをやめて」〜河合奈保子

Filed under: 河合奈保子, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:44:23

「けんかをやめて」〜河合奈保子 最高4位(ベストテン内6週ランクイン)

河合奈保子さんの「夏のヒロイン」に続く、8曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年9月23日に8位で初登場。
最高4位。
10位以内に6週。
20位以内に10週。
1982年の年間44位。

1982/09/16    12位
1982/09/23     8位
1982/09/30     4位
1982/10/07     5位
1982/10/14     5位
1982/10/21     6位
1982/10/28     8位
1982/11/04    13位
1982/11/11    16位
1982/11/18    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高5位(21.5万枚)
1982年の年間64位(20.8万枚)

この「けんかをやめて」は、河合奈保子さん初のバラード曲でした。
作詞作曲が竹内まりやさんでした。
竹内まりやさんにとっても他の歌手への提供曲として初めての大ヒット曲でした。

河合奈保子さんは、この曲辺りから大人向けの曲を歌うようになりました。
この「けんかをやめて」は、河合奈保子さんの曲の中でも名曲中の名曲。
個人的には1位をとっても不思議じゃない位だと思います。
この年のレコード大賞では、この曲で金賞にノミネートされました。

ザ・ベストテンでは、子供の頃からピアノを習ってた経験を活かし、ピアノでの弾き語りにも挑戦しました。
バージョンもクラッシック風にアレンジし、印象に残る回でした。

「けんかをやめて」は、主人公を巡って二人の男性が喧嘩をするその場面を歌にした曲です。
遊び心で二人の男性と付き合ってしまった女性をテーマに短編小説の様な感じです。
それまでアイドル歌手の曲で、その様な内容の歌詞は皆無に等しく、当時としては斬新なタイプの曲です。
レコードでは、2番の途中で涙ぐむ河合奈保子さんの歌唱も話題になりました。

その後「けんかをやめて」は、竹内まりやさんがアルバム「REQUEST」の中でセルフカバーされ、今ではこちらの方が聴く機会も多くなり、メジャーになった印象があります。
竹内まりやさんの「けんかをやめて」を知ってても、河合奈保子さんの「けんかをやめて」を知らない世代も多くなりました。
それがちょっと残念です。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ



河合奈保子・しんぐるこれくしょん
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2006-12-06
河合奈保子 BOX シングル・コレクション Jewel Box〜Naoko Singles Collection
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2001-09-29

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/11/21 水曜日

「夏のヒロイン」〜河合奈保子

Filed under: 河合奈保子, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:48:42

「夏のヒロイン」〜河合奈保子 最高3位(ベストテン内7週ランクイン)

河合奈保子さんの「愛をください」に続く、7曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年7月1日に8位で初登場。
最高3位。
10位以内に7週。
20位以内に10週。
1982年の年間42位。

1982/06/24    14位
1982/07/01     8位
1982/07/08     8位
1982/07/15     5位
1982/07/22     3位
1982/07/29     5位
1982/08/05     7位
1982/08/12    10位
1982/08/19    16位
1982/08/26    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高7位(21.5万枚)
1982年の年間60位。

河合奈保子さんは、この「夏のヒロイン」 で最高3位を記録。
初めて3位圏内に入りました。
ちなみに河合奈保子さんは、ザ・ベストテン至上最高が3位でした。
「夏のヒロイン」「エスカレーション」「疑問符」の3曲が最高3位でした。

この「夏のヒロイン」は、アイドルらしい夏の曲です。
サンバのリズムで明るい夏らしい曲。
80年代歌謡曲の王道の様な曲でした。
河合奈保子さんはこの「夏のヒロイン」で、この年の紅白歌合戦に出場しました。

「夏のヒロイン」の様なアイドルらしい曲は、以降少なくなります。
次のシングル「けんかをやめて」、そして「Invitation」などバラード曲が続き、比較的大人向けの選曲が多くなります。
1982年組の新しいアイドル達が次々にブレイクした為、河合奈保子さんは曲調を大人向けにして差別化を図ってる様な印象もありました。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ



河合奈保子・しんぐるこれくしょん
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2006-12-06
河合奈保子 BOX シングル・コレクション Jewel Box〜Naoko Singles Collection
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2001-09-29

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/10/25 木曜日

「愛をください」〜河合奈保子

Filed under: 河合奈保子, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:49:55

「愛をください」〜河合奈保子 最高6位(ベストテン内5週ランクイン)

河合奈保子さんの「ラブレター」に続く、6曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年4月1日に9位で初登場。
最高6位。
10位以内に5週。
20位以内に8週。
1982年の年間54位。

1982/03/25    13位
1982/04/01     9位
1982/04/08     8位
1982/04/15     6位
1982/04/22     7位
1982/04/29     8位
1982/05/06    11位
1982/05/13    13位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高7位(17.7万枚)
1982年の年間81位。

この頃まで、河合奈保子さんは、コルセットを使用。
1981年の事故の記憶もこの頃は、すっかり過去のことの様な感じでした。

「愛をください」は、シリアスなラブソングでした。
河合奈保子さんにとって、大人びた曲です。
この様なシリアスな曲も、以降数多く歌うようになり、河合奈保子さんは大人へのシンガーとして成長することになります。

この頃から歌唱力も益々上達していった様な気がします。
元々、歌唱力の定評もありましたが、曲調が大人っぽくなるに連れて、期待に応えるように歌いこなしていく様な印象を受けます。
張りのあるビブラートも、河合奈保子さんのボーカルの魅力の秘訣です。

この1982年は、新人アイドル(82年組)も大勢デビューしますが、河合奈保子人気は全く衰えませんでした。
むしろ、ザ・ベストテンのランクイン週数は以前に比べ増えていきます。
安定した人気が、やはり河合奈保子さんには感じられました。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ


河合奈保子・しんぐるこれくしょん
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2006-12-06
河合奈保子 BOX シングル・コレクション Jewel Box〜Naoko Singles Collection
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2001-09-29

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/10/2 火曜日

「ラブレター」〜河合奈保子

Filed under: 河合奈保子, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:31:52

「ラブレター」〜河合奈保子 最高6位(ベストテン内6週ランクイン)

河合奈保子さんの「ムーンライト・キッス」に続く、5曲目のザ・ベストテン登場曲です。
第一腰椎圧迫骨折事故後の復帰した直後のシングル曲でした。

1981年1月7日に10位で初登場。
最高6位。
10位以内に5週。
20位以内に9週。
1982年の年間60位。

1981/12/17    20位
1981/12/24    11位
1982/01/07     10位
1982/01/14     7位
1982/01/21     6位
1982/01/28     6位
1982/02/04     6位
1982/02/11    13位
1982/02/18    16位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高11位(21.2万枚)
1982年の年間61位。
河合奈保子さんはこの頃、オリコンシングルチャートでは11位どまりが多く、10位以内に入ったのはこの時点で「スマイル・フォー・ミー」 の1曲のみでした。

ムーンライト・キッス」では、ザ・ベストテンにランクイン中は第一腰椎圧迫骨折の事故の為に未出演でした。
ザ・ベストテンのスタジオ入りは、河合奈保子さんにとって久々でした。
(実際はザ・ベストテン200回記念に滑り込み出演しましたが!)
この頃は、衣装の下にコルセットを巻いていました。

「ラブレター」は引っ込み思案な少女を主人公にした片想いの曲。
河合奈保子さんの曲の中でも人気のある方です。

この「ラブレター」の時は、一緒に出演した同期で同じ大阪出身の柏原よしえ(芳恵)さんとの仲良し振りをアピール!
ナオナオ、ヨシヨシの愛称でお互い呼び合ってました。
この二人は、同時期に活躍し、お互いライバル的な存在でした。

この頃、河合奈保子さんはシングルセールス20万枚前後を確保し、1位を取るほどじゃ無いものの、シングルを出せば必ずベストテン入りする安定した人気を確保した頃です。
1982年も全ての曲がザ・ベストテン入りし、この後徐々にランクイン週数も伸ばし、最高順位も上がります。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ




河合奈保子・しんぐるこれくしょん
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2006-12-06
河合奈保子 BOX シングル・コレクション Jewel Box〜Naoko Singles Collection
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2001-09-29

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/9/14 金曜日

「ムーンライト・キッス」〜河合奈保子

Filed under: 河合奈保子, 1981年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 0:28:51

「ムーンライト・キッス」〜河合奈保子 最高5位(ベストテン内2週ランクイン)

河合奈保子さんの「スマイル・フォー・ミー」に続く、4曲目のザ・ベストテン登場曲です。
残念ながら、この「ムーンライト・キッス」は、ザ・ベストテンでは歌われませんでした。

1981年10月8日に5位で初登場。
最高5位。
10位以内に2週。
20位以内に9週。
1981年の年間50位圏外。

1981/09/17    11位
1981/09/24    11位
1981/10/01    11位
1981/10/08     5位
1981/10/15     8位
1981/10/22    11位
1981/10/29    13位
1981/11/05    15位
1981/11/12    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高11位(16.1万枚)
1981年の年間95位(15.7万枚)

河合奈保子さんは、この「ムーライト・キッス」のヒット中の1981年10月5日、NHKホールにて「レッツゴーヤング」のリハーサル中に誤って4m下のセリ穴に転落し、第一腰椎圧迫骨折といった重傷を負ってしまいました。
この事故は当時大きく報道に取り上げられました。
河合奈保子さんは、近視の為、メガネをかけないと生活に支障をきたすほどだったとか!
セリ穴が見えなかったそうです。
当時、同じ近眼の歌手達は、他人事ではない!とのインタビューが報じられました。

3日後の10月8日にザ・ベストテンに「ムーンライト・キッス」が5位に初登場しましたが、重症の為、河合奈保子さんの出演は叶いませんでした。
ザ・ベストテンでは、その前に3週連続11位でした。
この時に10位以内にランクインされたら!と思ったファンの方も多かったと思います。

約2ヶ月間の療養の後、11月30日に「夜のヒットスタジオ」で新曲「ラブレター」を歌い復帰することが出来ました。
当時、かなり無理をしての復帰だった様です。
この時期の賞レースのほとんどは辞退。
唯一、レコード大賞のゴールデンアイドル賞に選ばれ、紅白歌合戦にも初出場することが出来て、ここから完全復帰と言われています。

「ムーンライト・キッス」でのテレビ出演も少なく、河合奈保子さんの楽曲の中では目立たない印象です。
曲調は、「スマイル・フォー・ミー」と同じ路線で、明るい曲です。
カスタネットを片手に持ち、歌いながら演奏するスタイルでした。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ


河合奈保子・しんぐるこれくしょん
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2006-12-06
河合奈保子 BOX シングル・コレクション Jewel Box〜Naoko Singles Collection
コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2001-09-29

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

次のページ »

HTML convert time: 0.629 sec. Powered by WordPress ME