「聖母たちのララバイ」〜岩崎宏美
「聖母たちのララバイ」〜岩崎宏美 最高1位5週(ベストテン内14週ランクイン)
岩崎宏美さんの「すみれ色の涙」に続く4曲目のザ・ベストテン登場曲です。
「聖母たちのララバイ」この年を代表する大ヒット曲です。
1982年6月10日に8位で初登場。
最高1位を5週。
10位以内に14週。
20位以内に16週。
1982年の年間2位。
1982/06/03 14位
1982/06/10 8位
1982/06/17 3位
1982/06/24 1位
1982/07/01 1位
1982/07/08 1位
1982/07/15 1位
1982/07/22 1位
1982/07/29 2位
1982/08/05 2位
1982/08/12 3位
1982/08/19 3位
1982/08/26 7位
1982/09/02 7位
1982/09/09 7位
1982/09/16 16位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(80.4万枚)
1982年の年間3位(78.5万枚)
この「聖母たちのララバイ」 は、日本テレビ系の2時間ドラマの火曜サスペンス劇場の主題歌として大ヒットしました。
当初はシングル化の予定は無かったとのことでしたが、視聴者からの問い合わせが殺到したこともあり、急遽シングル発売した様です。
岩崎宏美さんに取ってシングル2曲目の「ロマンス」に続く、2番目の売り上げを記録。
ザ・ベストテンでも初の1位を獲得し、10位以内に14週とロングヒットしました。
岩崎宏美さんはこの年、歌謡大賞などの音楽賞のグランプリを総なめしました。
しかし、肝心なレコード大賞だけは、外国人の作曲家(John Scott)が参加との理由で対象外の扱いを受けました。
作曲は当初木森敏之さんの単独扱いでしたが、アメリカ映画「ファイナル・カウントダウン」の映画音楽「ミスター&ミセスタイドマン(Mr.and Mrs.Tideman)」の類似性が指摘されたことにより、後に木森敏之・John Scottと併記されました。
このエピソードが無ければ、高い確率で大賞を受賞していたと言われています。
当時のレコード大賞は、日本人による作詞作曲作品のみノミネートの対象でした。
西城秀樹さんの「YOUNG MAN(YMCA)」も1979年に同じ理由で対象外の扱いを受けました。
しかし、何故かいつの間にかその規制が無くなり、荻野目洋子さんの「ユア・マイ・ライフ」、安室奈美恵さんの「TRY ME〜私を信じて〜」など外国人作家の曲がノミネートされるようになりました。
翌1983年には、第55回春の選抜高等学校野球入場行進曲にこの「聖母たちのララバイ」が採用されました。
岩崎宏美さんは、1976年の大ヒット曲「センチメンタル」に続く2度目の選曲でした。
ちなみに妹の岩崎良美さんも1986年にタッチのエンディングテーマの「青春」で春の選抜高校野球入場行進曲に選曲されました。
姉妹揃って唯一選曲されたのは岩崎宏美・良美姉妹だけの様です。
ザ・ベストテン開始頃の1978年以降、岩崎宏美さんはザ・ベストテンに登場することが少なくなりましたが、この曲で久々の大ヒット!
その為か、ザ・ベストテンにはランクインされている間、毎週登場しました。
この曲ではラジオのキャンペーン(非常に多かった)と重なり、中継が多かったです。
「聖母たちのララバイ」は、今でも岩崎宏美さんの名曲として語り継がれています。
この曲の魅力は、戦争と平和をテーマに母性愛を説いたところにあるかもしれません。
岩崎宏美さんの歌唱力に合った名曲だとも思います。
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