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管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/12/10 月曜日

「NINJIN娘」〜田原俊彦

Filed under: 1位獲得曲, 田原俊彦, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:02:34

「NINJIN娘」〜田原俊彦 最高1位3週(ベストテン内9週ランクイン)

田原俊彦さんの「原宿キッス」に続く、10曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年8月19日に4位で初登場。
最高1位を3週。
10位以内に9週。
20位以内に11週。
1982年の年間22位。

1982/08/19     4位
1982/08/26     2位
1982/09/02     1位
1982/09/09     1位
1982/09/16     1位
1982/09/23     2位
1982/09/30     2位
1982/10/07     4位
1982/10/14     8位
1982/10/21    13位
1982/10/28    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(35.5万枚)
1982年の年間28位。

田原俊彦さんの記念すべき10曲目のザ・ベストテンランキング曲です。
「NINJIN娘」は、キッズ向けの曲!
ガチャピン、ムックのキャラクターで有名なフジテレビ「ひらけ!ポンキッキ」の楽曲でした。
田原俊彦さんはオレンジのオーバーオールを着て、体操のお兄さんの様なスタイルで登場!
ニンジン嫌いな子供も好きに!
そんなこともあったとか!無かったとか!

この曲は本来の田原俊彦さんのイメージに近く、当時評判も良かったです。
明るいお兄さん的な曲で、とにかく可愛かったです。
可愛いトシちゃん復活!と言ったところです。
子供からの人気も高く、トシちゃんと言えば、この曲!と話題に登場するタイプの曲でもあります。

この曲で、田原俊彦さんはザ・ベストテンで5曲目の1位を獲得しました。
オリコンチャートでは2位止まりでしたが、ベストテンではハガキリクエストのランキングが全体を押し上げ見事1位へ!

一本でもニンジン、ニンジン、二本でニンジン、ニンジン〜、僕は大好きNINJIN娘!

子供向けの歌詞ですが、一応、恋の歌です。
「みんなのうた」の様な国民的な歌になりそうな感じでした。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/12/9 日曜日

「小麦色のマーメイド」〜松田聖子

Filed under: 1位獲得曲, 松田聖子, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 22:26:01

「小麦色のマーメイド」〜松田聖子 最高1位1週(ベストテン内9週)

松田聖子さんの「渚のバルコニー」に続く、9曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年8月12日に2位で初登場。
最高1位を1週。
10位以内に9週。
20位以内に11週。
1982年の年間23位。

1982/08/05    14位
1982/08/12     2位
1982/08/19     2位
1982/08/26     1位
1982/09/02     2位
1982/09/09     2位
1982/09/16     3位
1982/09/23     3位
1982/09/30     3位
1982/10/07     9位
1982/10/14    12位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(46.7万枚)
1982年の年間15位。

「小麦色のマーメイド」は常夏をイメージさせたリゾート曲。
南の島を彷彿させる松田聖子さんらしい曲でした。
夏の静かな午後!
そんな感じのする曲でした。

松本隆さんの作詞も好評で、特にこの「小麦色のマーメイド」の詞の世界が当時高い評価を得ていました。
作曲は呉田軽穂さん(松任谷由実)で、松田聖子さんとのコラボレーションも定番となった頃でした。

この「小麦色のマーメイド」は、レコードの発売が7月末で、8月になってから大ヒットした為、直ぐに季節が変わり、ヒット期間が短かった印象です。
ベストテン内に9週で、年間23位は松田聖子さんの曲の中では、やや物足らないランキングです。
松田聖子さんは、季節をテーマにした曲がほとんどで、シングル発売のタイミングが少しずれることもありました。
この曲は、その典型的な例でしょう。
他にも「白いパラソル」や「風立ちぬ」も、その季節が訪れてから発売し、ロングヒットに至りませんでした。
逆に「赤いスィートピー」や「渚のバルコニー」は季節を先取りしたことでロングヒットしました。
この「小麦色のマーメイド」は6月辺りに発売されてたら、もう少しチャートを伸ばした様な気がします。

この年のレコード大賞では、松田聖子さんは、この曲が選曲されました。
松本隆さんは作詞賞を受賞しました。(2年連続)
楽曲的な評価が高かった証拠でしょう。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/11/26 月曜日

「ハイティーン・ブギ」〜近藤真彦

Filed under: 1位獲得曲, 近藤真彦, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:15:42

「ハイティーン・ブギ」〜近藤真彦 最高1位4週(ベストテン内13週ランクイン)

近藤真彦さんの「ふられてBANZAI」に続く、7曲目のザ・ベストテン登場曲です。

1982年7月15日に4位で初登場。
最高1位を4週。
10位以内に13週。
20位以内に14週。
1982年の年間6位。

1982/07/15     4位
1982/07/22     2位
1982/07/29     1位
1982/08/05     1位
1982/08/12     1位
1982/08/19     1位
1982/08/26     3位
1982/09/02     3位
1982/09/09     3位
1982/09/16     4位
1982/09/23     5位
1982/09/30     7位
1982/10/07    10位
1982/10/14    16位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では最高1位(60.7万枚)
1982年の年間7位。

この「ハイティーン・ブギ」は近藤真彦さんの代表曲の1曲です。
1982年のシングル曲の中ではトップクラスのヒット曲でした。
近藤真彦主演映画「ハイティーン・ブギ」の主題歌でもありました。

作詞は松本隆さん。
この頃、松本隆さんの詞が多かったです。
作曲は山下達郎さん。
ジャニーズ系に曲の提供が多い山下達郎さんです。
この曲が最初のアイドルへの提供曲でした。
山下達郎さんの自身の曲以外の初のヒット曲でもあります。
近藤真彦さんへは、他に1984年のシングル曲「永遠に秘密さ」で再びコラボレーションします。
ザ・ベストテンにもランクインしました。

「ハイティーン・ブギ」は、マッチらしい不良をテーマにした曲で、本人のイメージにピッタリ!
暴走族的な曲でもありましたが!
ザ・ベストテンでは、喧嘩の演出を取り入れたり、大雨の演出の中歌ったり、印象的なシーンがこの曲では多いです。

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2007/11/20 火曜日

「聖母たちのララバイ」〜岩崎宏美

Filed under: 1位獲得曲, 岩崎宏美, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:04:52

「聖母たちのララバイ」〜岩崎宏美 最高1位5週(ベストテン内14週ランクイン)

岩崎宏美さんの「すみれ色の涙」に続く4曲目のザ・ベストテン登場曲です。
「聖母たちのララバイ」この年を代表する大ヒット曲です。

1982年6月10日に8位で初登場。
最高1位を5週。
10位以内に14週。
20位以内に16週。
1982年の年間2位。

1982/06/03    14位
1982/06/10     8位
1982/06/17     3位
1982/06/24     1位
1982/07/01     1位
1982/07/08     1位
1982/07/15     1位
1982/07/22     1位
1982/07/29     2位
1982/08/05     2位
1982/08/12     3位
1982/08/19     3位
1982/08/26     7位
1982/09/02     7位
1982/09/09     7位
1982/09/16    16位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(80.4万枚)
1982年の年間3位(78.5万枚)

この「聖母たちのララバイ」 は、日本テレビ系の2時間ドラマの火曜サスペンス劇場の主題歌として大ヒットしました。
当初はシングル化の予定は無かったとのことでしたが、視聴者からの問い合わせが殺到したこともあり、急遽シングル発売した様です。
岩崎宏美さんに取ってシングル2曲目の「ロマンス」に続く、2番目の売り上げを記録。
ザ・ベストテンでも初の1位を獲得し、10位以内に14週とロングヒットしました。

岩崎宏美さんはこの年、歌謡大賞などの音楽賞のグランプリを総なめしました。
しかし、肝心なレコード大賞だけは、外国人の作曲家(John Scott)が参加との理由で対象外の扱いを受けました。
作曲は当初木森敏之さんの単独扱いでしたが、アメリカ映画「ファイナル・カウントダウン」の映画音楽「ミスター&ミセスタイドマン(Mr.and Mrs.Tideman)」の類似性が指摘されたことにより、後に木森敏之・John Scottと併記されました。
このエピソードが無ければ、高い確率で大賞を受賞していたと言われています。

当時のレコード大賞は、日本人による作詞作曲作品のみノミネートの対象でした。
西城秀樹さんの「YOUNG MAN(YMCA)」も1979年に同じ理由で対象外の扱いを受けました。
しかし、何故かいつの間にかその規制が無くなり、荻野目洋子さんの「ユア・マイ・ライフ」、安室奈美恵さんの「TRY ME〜私を信じて〜」など外国人作家の曲がノミネートされるようになりました。

翌1983年には、第55回春の選抜高等学校野球入場行進曲にこの「聖母たちのララバイ」が採用されました。
岩崎宏美さんは、1976年の大ヒット曲「センチメンタル」に続く2度目の選曲でした。
ちなみに妹の岩崎良美さんも1986年にタッチのエンディングテーマの「青春」で春の選抜高校野球入場行進曲に選曲されました。
姉妹揃って唯一選曲されたのは岩崎宏美・良美姉妹だけの様です。

ザ・ベストテン開始頃の1978年以降、岩崎宏美さんはザ・ベストテンに登場することが少なくなりましたが、この曲で久々の大ヒット!
その為か、ザ・ベストテンにはランクインされている間、毎週登場しました。
この曲ではラジオのキャンペーン(非常に多かった)と重なり、中継が多かったです。

「聖母たちのララバイ」は、今でも岩崎宏美さんの名曲として語り継がれています。
この曲の魅力は、戦争と平和をテーマに母性愛を説いたところにあるかもしれません。
岩崎宏美さんの歌唱力に合った名曲だとも思います。

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岩崎宏美
↑岩崎宏美さんの曲のダウンロードが出来ます。(視聴可能)

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2007/11/11 日曜日

「原宿キッス」〜田原俊彦

Filed under: 1位獲得曲, 田原俊彦, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:31:31

「原宿キッス」〜田原俊彦 最高1位1週(ベストテン内9週ランクイン)

田原俊彦さんの「君に薔薇薔薇・・・という感じ」に続く、9曲目のザ・ベストテン登場曲です。
この曲で田原俊彦さんは1年4ヶ月ぶりに1位を獲得しました。

1982年5月20日に3位で初登場。
最高1位を1週。
10位以内に9週。
20位以内に12週。
1982年の年間17位。

1982/05/20     3位
1982/05/27     3位
1982/06/03     2位
1982/06/10     1位
1982/06/17     2位
1982/06/24     3位
1982/07/01     4位
1982/07/08     7位
1982/07/15     7位
1982/07/22    12位
1982/07/29    15位
1982/08/05    16位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高1位(40.6万枚)
1982年の年間23位。

田原俊彦さんは、しばらく最高1位から遠ざかってましたが、「原宿キッス」で久々に1位を獲得しました。
「原宿キッス」は、かっこいい曲で従来の歌謡曲とは一線を置いたポップスです。
その後の田原俊彦さんの曲の方向性がこの曲からハッキリしてきた様に思えます。

1982年は、“トシちゃん”人気は安定し、むしろ持ち直した年でした。
これは、楽曲にある様に思います。
人気アイドルなら、どんな曲でもヒットする時代では無くなったのが80年代と言う時代性かもしれません。
他のアイドル歌手達もニューミュージック系のアーチストに曲を依頼したり、曲の良さ!に拘る様になってきました。

田原俊彦さんは、この頃から、その歌唱力を補う為に(笑い)、ダンスに力を入れてきました。
「原宿キッス」でもハードなダンスが話題でした。
そのダンスの魅力を伝えやすい楽曲が多くなり、当時大人気だったマイケル・ジャクソンの様なアーチスト性を理想としたことで、個性派アイドルとしての“トシちゃん”人気が定着してきた様にも思えます。

この「原宿キッス」のヒットで、当時原宿がティーンエイジャーの間で大人気!
学校をサボって原宿で遊ぶ少年少女も話題になりました。

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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

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