「すみれSeptember Love」〜一風堂
「すみれSeptember Love」〜 一風堂 最高1位1週(ベストテン内9週ランクイン)
一風堂のザ・ベストテン初登場曲です。
ボーカル&リーダーは土屋昌巳さんでした。
1982年10月7日に6位で初登場。
最高1位。
10位以内に9週。
20位以内に13週。
1982年の年間21位。
1982/09/23 15位
1982/09/30 15位
1982/10/07 6位
1982/10/14 2位
1982/10/21 1位
1982/10/28 2位
1982/11/04 2位
1982/11/11 5位
1982/11/18 6位
1982/11/25 7位
1982/12/02 10位
1982/12/09 11位
1982/12/16 15位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高2位(45.2万枚)
1982年の年間21位(40.8万枚)
この「すみれSeptember Love」は、カネボウ化粧品の秋のテーマ曲としてCMで流され大ヒットしました。
当時、一風堂は、全くの無名で、ヒット直前まで謎とされてました。
この曲がヒットし、ボーカルの土屋昌巳さんがイギリスの世界的に人気だったニューウェイブバンドJAPAN(ジャパン)のメンバーだったこともあり、大きな話題に!
この「すみれSeptember Love」のヒット中、土屋昌巳さんはジャパンの世界ツアーに参加し、ザ・ベストテンへは海外からの中継(生ではなかった様な)で出演。
一風堂の他のメンバーも中継の為にロンドンへ出かけ、演奏すると言ったスタイルでした。
1位を獲得した回では、土屋昌巳さん以外のメンバーがスタジオに登場し、お祝いの餅つきを行いました。
この餅つき、ザ・ベストテン恒例で、当時から何故餅つき?との意見も多かったとか!
曲のイメージ全く合わず、それが笑いを取ってました。
それから土屋昌巳さんと研ナオコさんの顔が似ていると話題にもなりました。
「すみれSeptember Love」はいかにも80年代の音楽です。
テクノとニューウェイブの融合!
中国的なサウンドも取り入れ、当時人気だったYMOの影響も大きかったと思われます。
ちなみにこの曲1997年にSHAZNAによってカバーされ大ヒットしました。
一風堂を知らない世代にとって「すみれSeptember Love」と言うとSHAZNAと浮かぶ人も多いかもしれません。
当時の一風堂のメンバーは、土屋昌巳さん以外では、見岳章さん、藤井章司さん。
見岳章さんは、作曲家としても有名で、とんねるずの「雨の西麻布」や美空ひばりさんの「川の流れのように」などのヒット曲があります。
おニャン子クラブの「恋はくえすちょん 」やニャンギラスの「私は里歌ちゃん」もこの人でした。
一風堂は、ザ・ベストテンの5周年記念の特別番組に初めてスタジオ出演しました。
この時は、JAPAN(ジャパン)のメンバーも一緒に登場!
JAPANのメンバー達が、寺尾聡さんの12週連続1位記録の記念タバコを勝手に吸って、笑われた様な記憶があります。
一風堂と言うと「すみれSeptember Love」のヒット以外では一般的に知られず、一発屋だと思われてますが、マニアの間では伝説的なバンドでもあります。
特に洋楽ファンの間で評価が高く、当時のオリジナルアルバムはプレミア物らしいです。
一風堂は、その後メンバーが脱退したりして1984年に解散しました。
土屋昌巳さんは、その後プロデューサーとしても活躍。
TBSの深夜番組として大ヒットした「イカ天(イカスバンド天国)」の審査員を務めたこともありました。
プロディースしたアーチストは大物も多く含まれ、THE MODS、森山達也、小泉今日子、小比類巻かほる、藤井尚之、杏子、マルコシアス・バンプ、GLAY、THE BLANKEY JET CITY、中島美嘉、など大勢。
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一風堂のプロフィール。
土屋昌巳:ボーカル・ギター
見岳章:キーボード
赤尾敬文:ベース
藤井章司:ドラム
1979年、一風堂結成。
1980年、赤尾敬文が脱退。
1982年、シングル「すみれSeptember Love」がカネボウ化粧品のCMソングに起用され大ヒット。 アルバム「Lunatic Menu」をリリースしオリコン最高3位のヒット。その後、藤井章司が脱退。
1982年、アルバム「SOME-TIMES」をリリース。
1983年、アルバム「ナイトミラージュ」をリリース。
1984年、解散する。





