「サマー・ツアー」〜RCサクセション
「サマー・ツアー」〜RCサクセション 最高8位(ベストテン内1週ランクイン)
RCサクセションの初のザ・ベストテン登場曲です。
ボーカルの忌野清志郎さんにとっては坂本龍一さんとのコラボ作品の「い・け・な・いルージュマジック」に続く2曲目のザ・ベストテン出演でした。
1982年8月5日に8位で初登場。
10位以内に1週。
20位以内に8週。
1982年の年間63位。
1982/07/22 15位
1982/07/29 12位
1982/08/05 8位
1982/08/12 13位
1982/08/19 17位
1982/08/26 15位
1982/09/02 17位
1982/09/09 20位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高6位(21.7万枚)
1982年の年間58位。
RCサクセションにとって、この「サマー・ツアー」が唯一のザ・ベストテンにランクインされた曲です。
8位に1週のみでした。
これは今となっては意外な感じがします。
ザ・ベストテンに8位にランクインされた時は、レコーディングスタジオ(コンサートリハーサル?)からの中継でした。
片手にペットボトルを持ち黒柳徹子さんに「何を飲んでるんですか?」と聞かれ「スポーツドリンクです」と意味の無いやり取りが何故か覚えてますが!
RCサクセションがテレビの音楽番組に出演することは当時としては異例で、このベストテンでの出演は貴重でした。
忌野清志郎さんのトークも個性的でした。
RCサクセションは、パンク系バンドで反社会的とも当時言われてました。
過激な歌詞!
「BABY」のリフレイン!
個性派パンクバンドの先駆け的な存在でした。
「サマー・ツアー」が唯一のベストテンヒットですが、他にも名曲を数々残しています。
初期のフォーク時代(?)には「ぼくの好きな先生」「キミかわいいね」「三番目に大事なもの」「甲州街道はもう秋なのさ」「スローバラード」等、今でも人気の高い名曲がありました。
RCサクセションのマニア達には今でも愛されてますね。
パンクバンドとなりブレイクする切欠の「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」も名曲です。
その他「つ・き・あ・い・た・い」「Oh! Baby」「ベイビー!逃げるんだ。」
そして、問題作となったカバー曲の「ラブ・ミー・テンダー」等、ヒットチャートとは関係無いところでRCサクセションは活躍していました。
忌野清志郎さんは、当時からヒットチャートに不信感を持っていたようで、ラジオで「チャートなんか関係ないぜ!」と言ってていました。
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RCサクセションのプロフィール
忌野清志郎(ヴォーカル、ギター)
破廉ケンチ(ギター)
小林和生(ベース)
仲井戸麗市、他・メンバーチェンジの激しく詳細不明。俳優の三浦友和さんもメンバーだった時期もあるらしいです。
1970年、忌野清志郎、小林和生、破廉ケンチの3人でRCサクセションとしてデビュー。
1972年、シングル「ぼくの好きな先生」がヒット。アルバム「初期のRCサクセション」をリリース。
1973年、井上陽水のミリオンセラーとなったアルバム「氷の世界」の中の曲「帰れない二人」「まちぼうけ」を井上陽水と清志郎が共作(作詞・作曲)する。
1976年、シングル「スローバラード」を発表3枚目のアルバム「シングルマン」をリリース。
1979年、シングル「ステップ!」をリリース。
1980年、シングル「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」が話題となりブレイクする。
1982年、シングル「サマーツアー」が初のトップテンヒットとなる。
1988年、反戦・反核をテーマにしたカバーアルバム「COVERS」(カバーズ)とシングル「ラブミー・テンダー」を製作するが、当時東芝EMIの親会社の東芝が原子力関連企業でもあったために、東芝から圧力がかかり急遽発売中止になる。急遽レコード会社を変えて発売しアルバムチャート1位を獲得。
1990年、アルバム「Baby a go go」を発表。12月25日の日本武道館ライヴを最後に活動を停止した。





