Sony Music Shop

管理人より
最近、更新が滞り申し訳ありません。今年に入り気が向いたときに更新している状態です。コメントの返事は遅れますので御承知下さい。

2007/12/1 土曜日

「ラ・セゾン」〜アン・ルイス

Filed under: 1曲のみのランクインアーチスト, 1982年登場曲 — ベストテンマニア:K @ 23:47:10

「ラ・セゾン」〜アン・ルイス 最高3位(ベストテン内8週ランクイン)

アン・ルイスさんのザ・ベストテン初登場曲です。
意外にも、1曲のみのランクインでした。

1982年7月22日に8位で初登場。
最高3位。
10位以内に8週。
20位以内に13週。
1982年の年間28位。

1982/07/01    20位
1982/07/08    16位
1982/07/15    14位
1982/07/22     8位
1982/07/29     3位
1982/08/05     4位
1982/08/12     4位
1982/08/19     6位
1982/08/26     8位
1982/09/02     8位
1982/09/09    10位
1982/09/16    13位
1982/09/23    18位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高3位(35.4万枚)
1982年の年間29位。

アン・ルイスさんは、1974年に「グッド・バイ・マイ・ラブ」がヒットし、その頃清純派アイドル歌手として活躍しました。
1978年に「女はそれを我慢できない」でイメージチェンジし、ロックシンガーへ転身!
ザ・ベストテンでもスポットライトコーナーにディスコからの中継で出演しました。
そして、1980年に桑名正博さんと結婚し、出産の為に一時芸能界活動を休止していましたが、この「ラ・セゾン」で復帰しました。

「ラ・セゾン」は、アン・ルイスさんにとって最大のヒット曲となりました。
この曲は、作詞が三浦百恵(旧姓:山口百恵)さんで、作曲が沢田研二さんでした。
この作詞作曲コンビも当時話題になりました。

アン・ルイスさんと山口百恵さんは、現役時代から仲が良く、プライベートで海外旅行に出掛ける程だとか!
芸能界を引退してた百恵さんでしたが、この曲で作詞家として注目を集めました。
作曲の沢田研二さんは、自身の作曲はたくさんありましたが、他のアーチストへの提供曲となると、この「ラ・セゾン」しか思い浮かびません。
なので、「ラ・セゾン」はヒットしない方が不思議なくらいかもしれません。

アン・ルイスさんは、この頃は長男の美勇士さんを出産した直後で、久しぶりに芸能活動を再開。
丁度、当時旦那だった桑名正博さんの諸々のスキャンダルと重なり、いろんな面で注目を集めていた頃でもありました。

この曲では、マリリン・モンローの様なスタイルで派手に決めていました。
バック・バンドは確か全員外国人ミュージシャン!
ザ・ベストテンでも派手に登場しました。

アン・ルイスさんはシンガーとしての活動以外にも、衣装デザインでも有名でした。
キャンディーズの「やさしい悪魔」の衣装は、アンさんのデザインでした。
山口百恵さんや中森明菜さんへの衣装も手がけていた様な記憶もあります。

アン・ルイスさんは、ザベストテンではこの「ラ・セゾン」1曲のみのランクイン!
ちょっと意外な感じがします。
1978年の「女はそれを我慢できない」は25.4万枚のセールスを記録しましたが、ザ・ベストテンでは最高16位でした。
山下達郎さん提供の「恋のブギ・ウギ・トレイン」「BOOGIE WOOGIE LOVE TRAIN」や竹内まりやさんがアン・ルイスさんの為に書き下ろした「リンダ」など名曲がたくさんあります。
1985年には、大ヒット曲「六本木心中」では最高16位でした。
その他「あゝ無情」「天使よ故郷を見よ」「WOMAN」「夜に傷ついて」などのヒット曲があります。

以下のブログランキングに参加してます。
人気blogランキングへ
にほんブログ村 音楽ブログ


アン・ルイスさんのプロフィール
本名:アン・リンダ・ルイス。
1956年、6月5日生まれ。3歳の頃から子役として活躍。
1971年、シングル「白い週末」でデビュー。
1974年、「グッド・バイ・マイ・ラブ」が23.8万枚の大ヒット。
1978年、「女はそれを我慢できない」でロックシンガーに転身し、話題になる。
1980年、桑名正博と結婚。
1981年、長男・美勇士を出産。この頃、育児に専念するため音楽活動を暫く休業する。
1982年、活動再開。結婚を機に芸能界を引退した三浦(旧姓・山口)百恵作詞・沢田研二作曲の「ラ・セゾン」が大ヒット。
1984年、桑名正博と離婚。
1985年、前年に発売した「六本木心中」がロングヒットを記録し、自身の代表曲として印象付ける。
1986年、「あゝ無情」が有線・カラオケを中心に大人気曲となる。
1989年、「WOMAN」が有線でロングヒットを記録。
1995年頃、パニック障害を患い、音楽活動を休止する。
2005年、活動再開する。

アン・ルイス Best Selection
ビクターエンタテインメント
発売日:2005-03-24
WOMANISM COMPLETE BEST(DVD付)
ビクターエンタテインメント
発売日:2006-09-06

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2 Responses »


Comments

  1. アン・ルイスさんがベストテンでこの曲1曲のみランクインとは、本当に意外だし、不思議な感じがしますね。

    有線放送などでは、アン・ルイスさんの曲は結構上位にランクインしていたのですが、ベストテンはハガキリクエストの方がかなり優先されていたような気がするので、その辺がネックになったのがアン・ルイスさんにとって不運な気がしてなりません。

    アン・ルイスさんへこの曲を提供した作詞家・三浦百恵さんは当時23歳。この若さでこんな詩が書けるのもビックリですよね。今後百恵さんは他にも色々なかしゅに対して、沢山の作詞を手がけるのかなあ、と思っていたのですが。

    コメント by t−m — 2007/12/2 日曜日 @ 22:04:39

  2. アン・ルイスさんは「ラ・セゾン」の1曲のみのザ・ベストテン登場でした。
    今となっては「六本木心中」「あゝ無情」「WOMAN」の方が印象強いです。
    「六本木心中」は20位前後に長くランクインされてました。
    1985年の夏から暮れにかけてロングセラー!
    10位以内にランクインしなかったことが、不思議ですね。

    作詞家としての三浦百恵さんは、後は高田みづえさんの「通り過ぎた風」ですが、それ以降パタッと無くなりましたね。
    やはり目立つことを避けたのかな?とも思いますが!

    コメント by ベストテンマニア:K — 2007/12/4 火曜日 @ 22:52:45

コメント RSS

コメントをどうぞ

段落や改行は自動挿入です。メールアドレスはサイト上では非表示です。
使用できる XHTML タグ: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <code> <em> <i> <strike> <strong>


HTML convert time: 0.528 sec. Powered by WordPress ME