「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」〜沢田研二
「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」〜沢田研二 最高2位(ベストテン内11週ランクイン)
沢田研二さんの「渚のラブレター」に続く、12曲目のザ・ベストテン登場曲です。
1981年10月29日に9位で初登場。
最高2位。
10位以内に11週。
20位以内に15週。
1981年の年間31位。
1981/10/15 17位
1981/10/22 12位
1981/10/29 9位
1981/11/05 7位
1981/11/12 7位
1981/11/19 4位
1981/11/26 4位
1981/12/03 5位
1981/12/10 2位
1981/12/17 2位
1981/12/24 8位
1982/01/07 7位
1982/01/14 9位
1982/01/21 16位
1982/01/28 20位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高6位(36.4万枚)
1981年の年間74位(19.1万枚)
1982年の年間84位(17.2万枚)
この「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」が、沢田研二さんにとって1980年代に入り最もヒットした曲です。
ザ・ベストテンでは最高2位まで登り、11週連続ランクイン!
80年代アイドル達に混じっても、ビクともしない人気振りを魅せ付けました。
「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」は、今でもGS世代〜団塊ジュニア世代のカラオケ愛用歌とか!
ハードロックのイメージでスピード感ある曲でした。
ロカビリーと言った方が合ってるでしょう。
ジュリー(沢田研二さん)はとにかくかっこ良かった!
この曲での沢田研二さんは、とにかく派手!
化粧もバッチリ決めて、艶やかでした。
この「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」というタイトルも当時話題に!
このタイトルで当時、紅白歌合戦に出場!
特に歌詞が過激!
「朝でも、夜でも、真昼でも、恋はストリッパー、裸のふれあい」
誰が作詞だったんだろう?と調べたら三浦徳子さんでした。
意外にも松田聖子さんのデビュー曲の「裸足の季節」から「夏の扉」までと同じ方でした。
作曲は沢田研二さんご本人でした。
この頃、御自分で作曲したシングル曲で大活躍してました。
沢田研二さんは、タイガースの60年代から活躍し、この80年代でもヒットを出す等、この頃は無くてはならない存在でした。
ジュリーの変わりは不在!とその健在振りを感じさせました。
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ギンギンでハードロックで超カッコイイ。プリンスみたいですね。あんなにギラギラの衣装、過激な曲なのにジュリーならちっとも下品にならないから、素敵・・・しかも大ヒットさせてて本当にスゴイお方ですね。
コメント by JURIANA — 2007/10/20 土曜日 @ 14:22:10
確かに気品の様なものありましたね。
派手だけど、優雅と言うかシックと言うか!
リバイバルで再ジュリーブームが来ないかな?って思います。
コメント by ベストテンマニア:K — 2007/10/20 土曜日 @ 22:15:53