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2007/9/1 土曜日

「守ってあげたい」〜松任谷由実

Filed under: 1981年登場曲, 松任谷由実 — ベストテンマニア:K @ 23:38:05

「守ってあげたい」〜松任谷由実 最高2位(ベストテン内12週ランクイン)

カリスマアーチストユーミン(YUMING)こと松任谷由実さんのザ・ベストテン初登場曲です。
シングルヒットとしては、荒井由実時代以来のことです。

1981年8月6日に9位で初登場。
最高2位。
10位以内に12週。
20位以内に17週。
1981年の年間8位。

1981/07/30    17位
1981/08/06     9位
1981/08/13     8位
1981/08/20     5位
1981/08/27     2位
1981/09/03     3位
1981/09/10     4位
1981/09/17     4位
1981/09/24     6位
1981/10/01     4位
1981/10/08     4位
1981/10/15     5位
1981/10/22     8位
1981/10/29    12位
1981/11/05    13位
1981/11/12    16位
1981/11/19    19位

オリコンチャート(レコード売り上げ)では最高2位(69.5万枚)
1981年の年間10位。

今でも松任谷由実さんの名曲として語り継がれている「守ってあげたい」
意外にもザ・ベストテンとオリコン共に1位を取ってません。
それでも当時大ヒットしました。

この「守ってあげたい」は、薬師丸ひろ子主演映画「ねらわれた学園」の主題歌としてヒットしました。
映画も当時大ヒットしました。

松任谷由実さんは、70年代に荒井由実としてデビューし、その斬新な歌詞とメロディ、独特な歌唱法で一躍スーパースターとなりました。
「ひこうき雲」「やさしさに包まれたなら」「ルージュの伝言」「卒業写真」「あの日にかえりたい」「中央フリーウェイ」「翳りゆく部屋」等、名曲を数々残し、当時は天才少女と呼ばれてました。
その後、プロデューサーの松任谷正隆さんと結婚し、松任谷由実として活動。
派手な演出のコンサートも当時から大きな話題でした。

それまでの荒井由実時代の印象が強く、松任谷由実になってから大きなヒットがありませんでした。
(アルバムは10万枚以上の売り上げを保ってました。)
この「守ってあげたい」でユーミン第二のブーム再来!と当時大きな話題になりました。

この曲、当時まだ生まれてない世代でも知ってると思います。
当時のヒット曲と言うだけじゃなく、名曲としてしっかり今でも色褪せず残ってます!

この曲のヒット以降、松任谷由実さんは常に第一線としてカリスマ的人気を維持し続けてます。
80年代〜90年代にかけてアルバムは常に1位を獲得し、ミリオンセラーも連発しました。
中島みゆきさんと比較されることも多く、今でも良きライバルとして語られることが多いです。

ザ・ベストテンでは、一度だけの出演でした。
当時から滅多にテレビ出演が無く、ザ・ベストテンへの一度だけの出演は、貴重でした。
演出も豪華でした。

同じ頃、荒井由実時代の曲「まちぶせ」が石川ひとみさんのシングルとして大ヒットし、ユーミン楽曲が2曲同時にランクイン、ユーミンブームに火をつけた感じです。
松任谷由実さんは、他のアーチストへの楽曲提供も多く、数多くザ・ベストテンにもランクインしてます。

以下、ザ・ベストテンにランクインした松任谷由実作詞作曲作品

石川ひとみ:「まちぶせ」
原田知世:「時をかける少女」

作詞のみ↓
小林麻美:「雨音はショパンの調べ」

呉田軽穂名義での作曲のみ↓
松田聖子:「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」「秘密の花園」「瞳はダイアモンド」「Rock’n Rouge」「時間の国のアリス」
薬師丸ひろ子:「Woman“Wの悲劇”より」
田原俊彦:「銀河の神話」

松任谷由実さんは、シングルよりもアルバムがメインな感じで、たまにシングルを出す!と言った感じです。
以降、同年に「夕闇をひとり」が圏外。
1983年に「ダンデライオン」が最高16位。
1984年に「ボイジャー」が最高17位。
1985年に「メトロポリスの片隅で」が最高16位。
1987年に「SWEET DREAMS」が最高14位。
そして1989年に「ANNIVERSARY」で再びランクイン(最高8位)しますが、ザ・ベストテン出演ならず。
企画物として1985年に松任谷由実・小田和正・財津和夫のユニットで「今だから」がヒットし、最高7位にランクインしました。(出演なし)

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松任谷由実さんのプロフィール
1954年、1月19日生まれ。
1971年、17歳で作曲家として加橋かつみ(元ザ・タイガース)に提供した「愛は突然に…」でデビュー。
1972年、7月5日にかまやつひろしがプロデュースしたシングル「返事はいらない」で荒井由実としてデビュー。
1973年、11月にファーストアルバム「ひこうき雲」を発売。
1974年、アルバム「MISSLIM (ミスリム)」を発売。
1975年、アルバム「COBALT HOUR」で大ブレイク。10月発売のシングルでTBSドラマ「家庭の秘密」主題歌「あの日にかえりたい」が61.5万枚を売り上げで、初のオリコンチャート1位を獲得。バンバンへの提供曲の「いちご白書をもう一度」も1位を獲得する。
1976年、当時アレンジャーだった松任谷正隆氏と11月29日に結婚。以後松任谷由実名義で活動。
1981年、映画「ねらわれた学園」の主題歌「守ってあげたい」が大ヒットし、以降途切れることなくユーミンブームが続く。
1984年、親友の小林麻美のレコーディングプロデュースシングル「雨音はショパンの調べ」がオリコン1位を記録。
1988年、アルバム「Delight Slight Light KISS」がミリオンセラーに輝く。同年「松任谷由実のオールナイトニッポン」がスタートする。
1991年、アルバム「天国のドア」のミリオンヒットにより第5回日本ゴールドディスク大賞を受賞。
1993年、シングル「真夏の夜の夢」がミリオンヒット。
1994年、シングル「Hello,my friend」「春よ、来い」がミリオンヒットし、アルバム「THE DANCING SUN」がオリジナルとしては自己最高の217.2万枚の売り上げを記録する。
1996年、荒井由実名義で「まちぶせ」をセルフカバーし話題になる。
1999年、ロシアのサーカスチームとコラボレートした前代未聞のコンサート「シャングリラ」が大きな話題となる。
2003年、再びロシアのサーカスチームとコラボレートライブ「シャングリラ2」を開催する。
2005年、紅白歌合戦に初出場し、上海からの生中継で「SMAIL AGAIN」をアジアのアーチストのディック・リー達と共演する。
2007年、再びロシアのサーカスチームとコラボレートライブ「シャングリラ3」を開催する。

昨晩お会いしましょう
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Neue Musik
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sweet,bitter sweet 〜YUMING BALLAD BEST
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ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

3 Responses »

Trackbacks & Pingbacks

  1. 松任谷由実(ユーミン)…

    松任谷由実(ユーミン)
    松任谷由実、ユーミン、古くは荒井由実と呼ばれる知らない人はいない日本のミュージシャン!
    松任谷由実さんのコンサートは独特の雰囲気をかもし出し (more…)

    トラックバック by 松任谷由実(ユーミン) — 2007/9/3 月曜日 @ 15:25:26


Comments

  1. ついに御大の登場ですね

    フォーク世代の人たちがテレビ出演に慎重だったのは
    誰だったかは失念しましたがある大物フォークシンガーが
    テレビ番組に呼ばれたもののかなりぞんざいな扱いを受けたうえに
    時間の都合で歌を大幅カットして歌うよう要求されたという
    「事件」がきっかけになりテレビには断固出演しない、というのが
    フォーク界暗黙の掟となったからと聞いたことがあります
    しかし時代は流れこの曲のようにメジャーで成功する例も増え
    ミュージシャンの扱いもしだいによくなったのではないでしょうか
    ちなみにユーミン自身もテレビに楽曲を提供した時に
    同業者から「魂を売った」と言われたそうです

    この人の歌い方については本人が
    「どうせ下手なんだからあえて抑揚をつけない」
    と語ったように記憶していますが
    サビなどで極端な抑揚をつけるとヒットしても
    しばしばその部分だけが記憶に残り語られたりします
    ユーミンの歌詞は全体がストーリー仕立てなので
    部分だけが切り取られるのを嫌って平坦に歌っているのではないか、
    そのように思えてしかたありません。。。

    コメント by ぷらだ — 2007/9/2 日曜日 @ 21:49:24

  2. 当時、ニューミュージック系のアーチスト!
    それもメッセージ色の強いタイプのシンガー達は、テレビに拒否的でしたね。
    これは、当時のテレビ側の体制も大きく絡んでたと思います。
    当時、ユーミンだけじゃなく、中島みゆきさんもテレビ出演の際にかなり不遇な扱いを受けたとか!
    サザンの桑田さんも、デビュー当時、テレビのスタッフから差別を受けてた様な発言が後になってありました。
    当時は、演歌や歌謡曲が強かった時代です。
    当時のレコード大賞や紅白歌合戦にも顕著に表れてます。

    90年代に入ると、フォーク・ニューミュージックを聴いて育った世代がテレビのディレクターを勤める様になり、随分変わりました。
    テレビの世界も大きく変わり、アーチスト側をしっかり配慮する様になりましたね。
    テレビの世界は、実はかなり遅れた世界だったことが今になってわかります。

    ユーミンは、とにかくオリジナルに拘ってますね。
    自分の声質や歌唱力を自分で把握出来てるから、独特な歌い方が出来るんですね。
    その辺り、魅力になってます。

    コメント by ベストテンマニア:K — 2007/9/3 月曜日 @ 22:16:17

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