「春咲小紅」〜矢野顕子
「春咲小紅」〜矢野顕子 最高3位(ベストテン内7週ランクイン)
今ではニューミュージック界の大御所、矢野顕子さんのザ・ベストテンの初登場です。
矢野顕子さんは、天才ミュージシャンとしても有名な存在です。
1981年3月12日に10位で初登場。
最高3位。
10位以内に7週。
20位以内に10週。
1981年の年間43位。
1981/03/05 13位
1981/03/12 10位
1981/03/19 5位
1981/03/26 3位
1981/04/02 3位
1981/04/09 4位
1981/04/16 6位
1981/04/23 9位
1981/04/30 11位
1981/05/07 17位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高5位(37.0万枚)
1981年の年間38位でした。
矢野顕子さんとしては、この「春先小紅」が唯一の大ヒットシングルです。
この「春咲小紅」は、カネボウ化粧品のCMソングとして、大ヒットしました。
「ほ〜ら春先小紅、見に見に見に来てね!」
このフレーズが、とても印象強く、CMで聴いて直ぐに大ヒットの予感がありました。
この頃、化粧品のCMソングは、大ヒットする!と言ったジンクスもありましたが!
この曲は、春らしい、明るい曲調が魅力的です。
矢野顕子さんは、ザ・ベストテンに初登場した時、バックバンドに当時大人気のYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のメンバーが参加!
坂本龍一さん、高橋幸宏さん、この2人がバックを飾り、当時衝撃的でした。
矢野顕子さんは、当時YMOのツアーやレコーディングにも参加してました。
矢野顕子さんのヒットシングルは、この「春咲小紅」だけです。
しかし、名曲は、数多くあり、音楽的には常に高い評価を得てます。
残念ながら、チャートとは、ほとんど関係無い存在です。
矢野顕子ファンは多く、彼女の天才的な音楽のセンスには、言葉もありません。
個人的にも大好きなアーチストで、コンサートも行ったこともあります。
CMソングとして使われたこともある「ラーメンたべたい」や、80年代の深夜の大ヒット番組「やっぱり猫が好き」の主題歌「David」等、一般にも浸透している曲も幾つかあります。
又、矢野顕子さんを支持しているミュージシャン、THE BOOMの宮沢和史さんや、槇原敬之さん、奥田民生さん等たくさんいます。
ライバルの大貫妙子さんとも親交も厚く、お互い尊敬しあってるとか!
矢野顕子さんは、シンガーソングライターの枠を超えて、他のアーチストの曲を自己流にカバーしたり、それも高い評価を得てます。
アルバム「ジャパニーズ・ガール」「愛がなくちゃね」「峠の我が家」「LOVE LIFE」「SUPER FOLK SONG」「LOVE IS HERE」等、名盤も多いです。
ザ・ベストテンでは、この「春先小紅」のみのランクインでした。
番組にも出演し、しっかり存在をアピールし、世間に矢野顕子と言う名前を浸透させました。
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矢野顕子さんのプロフィール
1955年2月13日生まれ。
1971年、高校生の時に安部譲二が経営するジャズクラブ「青山ロブロイ」で活動を開始する。
1974年、18歳でバンド「ザリバ」でシングルレコードをリリースし、すぐに解散する。
1975年、矢野誠と結婚。
1976年、デビューアルバム「Japanese Girl」を発表しソロデビュー。
1979年、矢野誠と離婚。YMOのワールドツアーに参加。
1980年、5月に長女美雨(現:坂本美雨)誕生。YMOの2度目のワールドツアーに参加する。
1981年、カネボウ化粧品のCMソング「春咲小紅」が大ヒット。
1982年、坂本龍一と正式に結婚。糸井重里の発案で、中断期をはさみながらピアノ1台あればどこへでもライヴに赴くという「出前コンサート」をスタート。
1984年、アルバム「オーエスオーエス」収録曲の「ラーメンたべたい」が、のちに詩の教材として国語の教科書に掲載される。
1987年、「矢野顕子解散宣言」にて「出前コンサート」を一旦終了し、翌年より1年間の育児休暇に入る。
1989年、パット・メセニーらニューヨークのジャズミュージシャンとのコラボレーションを軸に活動を再開。
1990年、一家でアメリカニューヨーク州へ移住し、現在まで拠点を構えている。
1992年、アルバム「SUPER FOLK SONG」発売にともない、ドキュメンタリーフィルム「ピアノが愛した女。」上映。
1996年、「さとがえるコンサート」をスタート。アンソニー・ジャクソン、クリフ・アーモンドとトリオ結成。
1997年、ジェフ・ボヴァとのユニット「THE HAMMONDS」結成。日米でアルバムを発表。
1999年、スタジオジブリの映画「ホーホケキョ となりの山田くん」の音楽を手がけ、藤原先生役として声優も担当。
2000年、大貫妙子・鈴木慶一・宮沢和史・奥田民生と「Beautiful Songs」コンサートを全国8カ所で行う。
2002年、NHK「みんなのうた」にて、坂本美雨と「くまんばちがとんできた」を共演。
2003年、映画 「あたしンち」の主題歌を担当。
2005年、映画「誰がために」の劇中音楽全てを担当。銀座Apple Store でライブイベントを開き話題となった。
2006年、レコードデビュー30周年。「さとがえるコンサート」10周年。アルバム「はじめてのやのあきこ」にて槇原敬之・小田和正・YUKI・井上陽水・忌野清志郎・上原ひろみと共演。また、「FUJI ROCK FESTIVAL」「RISING SUN ROCK FESTIVAL」「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」に初出演。 坂本龍一と14年に亘る別居の末、協議離婚が成立。
2007年、rei harakamiとのユニット、yanokamiとしての本格始動開始。
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この人は丸みのある声が特徴ありますね
ヒットがないぶんメディアへの露出は少なめでしたが
(教授との結婚以後よく登場してますが)
代わりにNHK-FMで時々取り上げられていました
NHKはそういう数字にとらわれない放送をするべきなのに
今はウケ狙いばかりで民放と大差ありません!
そのNHKで聴いた「太陽のおなら」が忘れられません。。。
この歌は糸井重里の詞で
「小紅」を「神戸に」と連想させるようにして
ポートピアにかけた詞だったと聞いています
本当かどうかは知りませんが。。。
コメント by ぷらだ — 2007/8/1 水曜日 @ 21:58:51
糸井重里さんなら、やりそうですね。
でも、全然、「神戸に!」と思ったことは無かったのですが!
当時、矢野顕子さんは、NHKのFMで活躍してた印象が強いです。
独自な曲を流したり、奇想天外な番組が当時話題でした。
コメント by ベストテンマニア:K — 2007/8/1 水曜日 @ 22:23:41