「雨の慕情」〜八代亜紀
「雨の慕情」〜八代亜紀 最高6位(ベストテン内4週ランクイン)
八代亜紀さんのザ・ベストテン初登場です。
意外にも八代さんは、この「雨の慕情」が唯一のベストテンランクイン曲です。
1980年7月17日に7位で初登場。
最高6位で、10位以内に4週、20位以内に15週ランクイン。
1980年の年間24位でした。
1980/06/26 18位
1980/07/03 18位
1980/07/10 11位
1980/07/17 7位
1980/07/24 6位
1980/07/31 7位
1980/08/07 7位
1980/08/14 11位
1980/08/21 12位
1980/08/28 11位
1980/09/04 13位
1980/09/11 16位
1980/09/18 17位
1981/01/08 19位
1981/01/15 20位
オリコンチャートでは、最高9位(56.9万枚)で、1980年の年間26位でした。
八代亜紀さんにとっては、初ヒットの「なみだ恋」に次ぐ2番目のセールスです。
雨、雨、降れ、降れ、もっと降れ♪
このメロディが、当時テレビから何度も流れてきて、未だに耳に残ってます。
独特な手の振り付けも印象強いです。
この「雨の慕情」は、ベストテン内に4週だけのランクインでした。
ザ・ベストテンにランクイン時、それ程目立ったヒットでは無かった気がします。
むしろ、いろんな音楽賞でグランプリを総なめし、話題に上がった様な印象があります。
この「雨の慕情」は、1980年のレコード大賞を受賞しました。
レコード大賞を受賞した直後の1981年1月8日に20位以内に4ヶ月振りに返り咲いてます。
レコード大賞では、大賞を五木ひろしさんの「ふたりの夜明け」と争い、当時五八戦争と呼ばれてました。
2人とも長年のライバルでもあり、この年同時にヒット曲を出したのが話題になった要因でしょう。
しかし、レコードセールスから見ると、1980年は、この2曲よりもニューミュージック系の大ヒット曲が目立ってました。
もんた&ブラザーズの 「ダンシング・オールナイト」がレコード大賞として最適だったとその頃思った記憶があります。
八代亜紀さんは、「雨の慕情」が唯一のザ・ベストテンランクイン曲ですが、ベストテン開始以前から活躍してます。
1973年に「なみだ恋」が60万枚の大ヒットを記録して以降、「愛ひとすじ」「愛の執念」「おんなの夢」「もう一度逢いたい」「愛の終着駅」「舟唄」等のヒット曲があります。
特に1979年のヒット曲「舟唄」は、ザ・ベストテンには20位にも入りませんでしたが、八代亜紀さんの中では、一番人気があるようです。
「雨の慕情」のヒット以降も多数のシングルを発表しますが、大きなヒット曲に恵まれませんでした。
八代亜紀さんは、主に70年代に活躍しました。
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八代亜紀さんのプロフィール。
1950年8月29日生まれ。
1971年、「愛は死んでも」でレコードデビュー。
「全日本歌謡選手権」に出場し、10週勝ち抜き話題となる。
1973年、「なみだ恋」が大ヒット。紅白歌合戦に初出場。
1976年、レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞。
1977年、東映映画「トラック野郎 度胸一番星」に映画出演。2度目のレコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。
1979年、「舟唄」がロングヒットを記録。
1980年、「雨の慕情」のヒットで、レコード大賞を受賞。
現在も歌手として活躍。
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ザ・ベストテンもセールスもかなり低かったんですね!
初めて知りました!!
それだけ当時まだレコ大が強い影響力を持っていたということですね…
「舟唄」は宇宙人も認める名曲だというのは
誰もが認めるところだと思います
コメント by ぷらだ — 2007/6/14 木曜日 @ 23:24:45
最終的に「雨の慕情」は、56.9万枚の大ヒットでしたが、音楽祭での数々のグランプリを制覇した暮から年始にかけて枚数を稼いだ様です。
なので、実際、当時は何故?この曲が大賞なんだろう?と思ってました。
八代亜紀さんは、賞レースでは以前から強かったので、この辺りで大賞を!と目論見があったと思います。
それが幸か不幸か、その後大きなヒットが出ませんでした。
「舟唄」は、名曲ですね。
民謡の様な雰囲気があります。
コメント by ベストテンマニア:K — 2007/6/17 日曜日 @ 22:02:04