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2007/6/4 月曜日

「哀愁でいと」〜田原俊彦

Filed under: 1位獲得曲, 1980年登場曲, 田原俊彦 — ベストテンマニア:K @ 23:54:15

「哀愁でいと」〜田原俊彦 最高1位3週(ベストテン内14週ランクイン)

80年代アイドルの代表格、田原俊彦さんのザ・ベストテン初登場曲がこの「哀愁でいと」でした。
トシちゃんの愛称で、80年代を通して大活躍したアイドルでした。

1980年7月10日に20位圏外からいきなり8位に初登場。
8月28日に1を獲得し、3週連続1位に輝きました。
10位以内に14週、20位以内に16週ランクイン。
1980年の年間6位にランクイン。

1980/07/10     8位
1980/07/17     4位
1980/07/24     3位
1980/07/31     3位
1980/08/07     2位
1980/08/14     2位
1980/08/21     2位
1980/08/28     1位
1980/09/04     1位
1980/09/11     1位
1980/09/18     2位
1980/09/25     2位
1980/10/02     4位
1980/10/09     5位
1980/10/16    12位
1980/10/23    18位

オリコンチャートでは、最高2位(71.9万枚)で、年間10位でした。
オリコンの方では、意外と1位を取ってません。
しかし、この年を代表する大ヒット曲でした。
レイフ・ギャレットの「ニューヨークシティナイト」のカバー曲でした。

田原俊彦さんは、TBSドラマ「3年B組金八先生」に生徒役で出演し、人気者になりました。
その後、同番組に出演していた同じジャニーズ事務所の近藤真彦さんと野村義男さんの三人で、たのきんトリオとして大活躍。
3人の中では、逸早くレコードデビューを飾り、「哀愁でいと」でいきなり大ヒットしました。
ツナギの様な衣装とバックにダンサー「ジャパニーズ」と共にバック転したり、今でも映像が目に浮かびます。

新しい男性アイドルのブレイクは、70年代アイドルの新御三家(西城秀樹郷ひろみ野口五郎)以来のことだと思います。
80年代と言う新しい時代に突如現れたニュータイプのアイドルでした。
同時にジャニーズ事務所所属アイドルの先駆者的存在でもあります。
その後も近藤真彦、シブガキ隊、少年隊、光GENJI、男闘呼組、SMAP、TOKIO、V6、嵐、タッキー&翼、KAT-TUNと現在まで新しいアイドルグループが次々にブレイク!

田原俊彦さんは、ザ・ベストテン最多出場者(245週)です。
そして最多曲ランクイン(35曲)でも堂々の歴代1位です。
「哀愁でいと」でのデビュー以来、全てのシングル曲が、このザ・ベストテンにランクインされました。
この1980年からザ・ベストテンが終了した1989年まで準レギュラー的な存在でした。
ザ・ベストテン王者と言っても良いと思います。

1980年にデビューしたアイドルは、他に松田聖子さん、岩崎良美さん、河合奈保子さん、柏原芳恵さん、三原順子さん、甲斐智枝美さん達で、80年組アイドルとしてその後も大活躍しました。
田原俊彦さん以外は、ほとんどが女性アイドルでした。
特に松田聖子さんは、田原俊彦さんとライバル的な存在で、当時2人は付き合ってるのか?等と噂にもなり、ザ・ベストテンでは、ソファーの両端に2人を分けて座らせたり、そんなエピソードもありました。

田原俊彦さんは、当時18歳とされてましたが、実は19歳!
ジャニーズのオーディションを受ける時、1歳サバを読んで応募したのが、要因とか。
当時の田原俊彦さんは童顔で、むしろ16〜17歳位に見えた為、意外でした。

歌唱力については、当時からいろいろ言われてました。
歌唱力以前に声質に問題があったのでは?とちょっと思います。

田原俊彦さんは、「哀愁でいと」以降、「ハッとして!Good」「恋=Do!」「ブギ浮ぎI LOVE YOU」「キミに決定!」「悲しみ2ヤング」「グッドラックLOVE」「君に薔薇薔薇・・・という感じ」「原宿キッス」「NINJIN娘」「誘惑スレスレ」「ラブ・シュプール」「ピエロ」「シャワーな気分」「さらば・・夏」「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」「チャールストンにはまだ早い」「騎士道」「顔に書いた恋愛小説」「ラストシーンは腕の中で」「銀河の神話」「堕ちないでマドンナ」「華麗なる賭け」「It’s BAD」「Hardにやさしく」「ベルエポックによろしく」「あッ」「KID」「さようならからはじめよう」「どうする?」「夢であいましょう」「抱きしめてTONIGHT」「かっこつかないね」「愛しすぎて」「ごめんよ涙」と35曲、ザ・ベストテンに登場。
1位獲得は、その内10曲でした。

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田原俊彦さんのプロフィール
1961年2月28日生まれ。
1977年、ジャニーズ事務所のレッスンに通出だす。
1979年、TBSドラマ「3年B組金八先生」の生徒役として俳優デビューする。
1980年、「哀愁でいと」でデビューし大ヒットを記録。レコード大賞最優秀新人賞受賞、紅白歌合戦に初出場する。近藤真彦、野村義男と共に「たのきんトリオ」として一世風靡する。
1983年、「さらば夏」で歌謡大賞を受賞するが、この翌年から賞関係とは無縁となる。
1987年、紅白歌合戦に落選し、それが話題となる。
1988年、自身主演ドラマ「教師びんびん物語」が高視聴率、主題歌「抱きしめてTONIGHT」が大ヒット。
1993年、結婚する。
1994年、ジャニーズ事務所から独立するが、以降人気が下降し、マスコミに登場しなくなる。

田原俊彦A面コレクション
ポニーキャニオン
発売日:1986-06-19
BEST OF 田原俊彦
ポニーキャニオン
発売日:1998-02-18

ザ・ベストテンにランクインした曲を全て紹介します!

2 Responses »


Comments

  1. ついに来ましたね
    聖子たのきん時代(笑)!
    人気アイドルが歌を出してヒットするのではなく
    純然な「アイドル歌手」が天下を取る時代の到来です
    この辺について語りだすととんでもない長さになるので控えます…

    しっかしホントに下手ですねー!
    どうしようもない歌唱力のまま今が旬と強引に売り出す方式は
    やがて彼らの時代を終わらせる一因のみならず
    日本の音楽シーンを衰退させることになるのですが(言い過ぎw)
    今は懐かしく振り返りましょう

    トシちゃんはちょっと前に自虐CMが話題になりましたね
    地道に音楽活動をつづけてきた野村義男と比較され
    一部の人は「田原俊彦は負け組!」と称していました
    彼らはトシちゃんが天下を取っていた時代を知らないのでしょうね
    短くともあれだけ輝いていた人を負け組呼ばわりとは…

    コメント by ぷらだ — 2007/6/14 木曜日 @ 23:05:26

  2. 当時、ブレイクした時は、すぐに消えるんじゃないかと思いました!
    持ち前のキャラクターで時代を駆け抜けていった様な感じです。
    歌唱力は、確かに酷かった!
    それ以前に声が出てなかった!
    そんな感じでした。

    それにしても、田原俊彦さんは長い間活躍しました。
    日本アイドル史には、欠かせない人ですね。

    コメント by ベストテンマニア:K — 2007/6/17 日曜日 @ 21:36:41

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