「TOKIO」〜沢田研二
「TOKIO」〜沢田研二 最高2位(ベストテン内10週ランクイン)
沢田研二さんの「OH!ギャル」に続く、8曲目のザ・ベストテン登場曲です。
前曲の「ロンリーウルフ」は、最高13位でザ・ベストテンにはランクインしなかった為、沢田研二さんは約5ヶ月振りのベストテン登場となりました。
1980年1月24日に8位で初登場。
最高2位で、10位以内に10週、20位以内に13週ランクイン。
1980年の年間20位でした。
1980/01/17 14位
1980/01/24 8位
1980/01/31 4位
1980/02/07 3位
1980/02/14 2位
1980/02/21 2位
1980/02/28 2位
1980/03/06 2位
1980/03/13 2位
1980/03/20 3位
1980/03/27 4位
1980/04/03 13位
1980/04/10 19位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高8位(33.8万枚)で、年間39位でした。
シングルセールスでは、思ったよりも低めです。
この「TOKIO」の時は、沢田研二さんは大きなパラシュートのセットをスタジオに持ち込んで、それをバックにこの曲を歌いました。
自前でセットを持ち込んだアーチストは、おそらく後にも先にもジュリーだけかもしれません。
とにかく派手でした!
その発想が当時新鮮で、大きな話題でもありました。
この「TOKIO」のランクイン中に沢田研二さんは海外(アメリカ)に出掛け、そこにもパラシュートを持って行って砂漠の中、中継(録画)で歌ったこともあります。
「TOKIO」は、沢田研二さんの曲の中でも特にインパクトのある曲です。
当時、流行りだしたシンセサイザーを駆使したテクノポップなサウンドが魅力の曲です。
1位を取っても不思議じゃない感じですが、流石にクリスタルキングの「大都会」の壁は厚かった様です。
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TMRevolution… ではなく
元祖大道具小道具歌手ジュリーのヒット曲ですね
このあともうしばらく彼の時代は続きますが
ものすごいカリスマ性を持っていたジュリーにしては
人気の翳りがどうやら本物らしいぞ、という時期でした。。。
(今にして思えば、ですが)
コメント by ぷらだ — 2007/5/1 火曜日 @ 2:11:16
この時代まで、頑張ってヒット曲を出し続けた功績は大きい!
タイガースの60年代後半から、80年代前半まで、ジュリーは物凄く人気がありました。
今でも、コンサートでは満員らしいです。
80年代後半から、ほとんどテレビに出なくなって残念です。
コメント by ベストテンマニア:K — 2007/5/1 火曜日 @ 23:08:42