「愛染橋」〜山口百恵
「愛染橋」〜山口百恵 最高7位(ベストテン内6週ランクイン)
山口百恵さんの「しなやかに歌って」に続く9曲目のザ・ベストテン登場曲です。
1980年代最初のシングル曲でした。
1980年1月17日に7位で初登場。
最高7位で、10位以内に6週、20位以内に10週ランクイン。
1980年の年間44位でした。
1980/01/10 14位
1980/01/17 7位
1980/01/24 7位
1980/01/31 8位
1980/02/07 7位
1980/02/14 7位
1980/02/21 10位
1980/02/28 12位
1980/03/06 13位
1980/03/13 17位
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高10位(22.1万枚)で、年間69位でした。
山口百恵さんにとって「愛染橋」は、地味なセールスヒットでした。
この曲は、作詞が松本隆さん、作曲がアリスの堀内孝雄さんでした。
山口百恵さんの曲の中では、異色の組み合わせでした。
曲調が和な感じで日本的です。
京都弁の歌詞が当時話題になりました。
この「愛染橋」の時は、山口百恵さんも曲調に合わせて着物を着て、ザ・ベストテンに出演したこともあります。
それにしても、ザ・ベストテン最高7位とは、低すぎますね。
しかも、6週間しか10位以内にランクインしませんでした。
山口百恵楽曲の中では、やはり当時として受け入れられなかった印象が強いです。
演歌っぽい印象も当時はありました。
引退コンサートでもこの「愛染橋」は、歌われませんでした。
この「愛染橋」が、再評価されたのは、山口百恵さんが引退した後の様に思えます。
今では、この曲が好きと言う人も多く、山口百恵楽曲の中でも愛されてる曲だと思います。
当時のファンも年を重ねたことと、この様な日本情緒溢れた曲が90年代以降再評価されたこともあるでしょう。
後に中森明菜さんが「歌姫」シリーズでこの「愛染橋」をカバーしたり、堀内孝雄さんがセルフカバーしたことも要因かもしれません。
この曲のヒット直後に山口百恵さんは、三浦友和さんとの結婚宣言をし引退表明して、世間を騒がせました。
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>それにしても、ザ・ベストテン最高7位とは、低すぎますね。
百恵記事を通して類似のフレーズが出てきますが
こういう思いを抱かせるのはいかに「百恵」の商品価値が高かったか
それを如実に表していると思います
周囲の音楽や映画・ドラマスタッフ、もちろん彼らの仕事を具現化する百恵自身も含めたチーム百恵の努力の賜物でしょう
コメント by ぷらだ — 2007/5/1 火曜日 @ 1:34:24
当時の山口百恵さんは、物凄いカリスマでした。
引退後もそのカリスマ性は、全く衰えてなく、むしろ伝説化してますね。
この「愛染橋」は、今となってはファンの間でも人気の高い曲となりました。
当時、時代性ですね。
反応がいまいちでした。
コメント by ベストテンマニア:K — 2007/5/1 火曜日 @ 23:05:00
山口百恵の「愛染橋」、今は亡き阿久悠さんの最大のライバルだった松本隆さん作詞と、当時アリスとしても活躍中だった堀内孝雄さん作曲の名曲なのですが、当時これほどヒットしなかったとは!演歌っぽい曲調が当時の百恵に合わなかった、というのも有りますが、その前後の三浦友和さんとの恋人宣言、及び婚約と同時に芸能界引退発表した事も、当時の百恵FANにも大きな影響があったのでは、と思います。
それでも当時の百恵さんの「愛染橋」の歌唱時の着物姿、普段の百恵さんはこういう衣装は殆ど着ていないので、とても新鮮な感じがすると同時に、よく似合っていましたよね。
コメント by t−m — 2008/1/11 金曜日 @ 13:00:27
この「愛染橋」は、山口百恵さんにとって異色の曲。
最初聴いた時は、確かに演歌か?と思いました。
ヒットは狙って無かったような感じですね。
この曲以降、引退準備に追われ多忙となり山口百恵さんはベストテンに出演できないことが多くなりました。
ザ・ベストテンでも着物で登場した回がありました。
とても似合ってましたね。
コメント by ベストテンマニア:K — 2008/1/14 月曜日 @ 15:41:17