「赤い絆」〜山口百恵
「赤い絆」山口百恵 最高4位(ベストテン内5週ランクイン)
1978/01/26 8位
1978/02/02 4位
1978/02/09 5位
1978/02/16 5位
1978/02/23 9位
ザ・ベストテン第2回目の1978年1月26日に8位で初ランクイン。
山口百恵さんにとって、初のザ・ベストテン登場曲でした。
この「赤い絆」は、山口百恵主演のTBSのドラマ赤いシリーズの「赤い絆」のタイトル曲でした。
通常のシングルと言うより、企画物のイメージですね。
「赤い絆」は、山口百恵シングルの中では、比較的目立たない曲です。
ベストテン内にも5週間のみランクインでした。
オリコンチャート(レコード売り上げ)では、最高5位(21.5万枚)でした。
1978年オリコン年間チャートは、67位でした。
ところで、ベストテンの第1回目に山口百恵さんがランクインしなかったことで、当時TBS局内で大騒動となったそうです。
第1回目の1月19日のランクでは、「赤い絆」が11位で、「秋桜(コスモス)」が12位でした。
丁度、山口百恵シングルの入れ替え時と重なってしまったのです。
ベストテンの記念すべき1回目に山口百恵さんが出演しないことで、ザ・ベストテンの存続が危うかったとのことです。
ランキングを入れ替える指示もあったそうですが、当時の番組スタッフのランキングは正直に!の想いが、その後のザ・ベストテンのポリシーとなりました。
山口百恵さんは、ベストテン開始前に「青い果実」「禁じられた遊び」「春風のいたずら」「ひと夏の経験」「ちっぽけな感傷」「冬の色」「愛に走って」「横須賀ストーリー」「パールカラーにゆれて」「赤い衝撃」「夢先案内人」「イミテイション・ゴールド」「秋桜(コスモス)」とヒット曲多数でした。
「赤い絆」以降、「乙女座宮」「プレイバックPART2」「絶体絶命」「いい日旅立ち」「美・サイレント」「愛の嵐」「しなやかに歌って」「愛染橋」「謝肉祭」「ロックンロール・ウィドウ」「さよならの向こう側」と12曲ランクインさせました。
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山口百恵さんのプロフィール
本名:三浦 百恵、1959年1月17日生まれ。
1972年、「スター誕生!」で『回転木馬』を歌い、準優勝。
1973年、映画「としごろ」に出演し、同名の曲で歌手としてもデビュー。森昌子・桜田淳子と共に花の中三トリオと呼ばれた。
1974年、「ひと夏の経験」が大ヒットし、レコード大賞の大衆賞を受賞。紅白歌合戦にも初出場。映画「伊豆の踊り子」に初主演。
1975年、TBSドラマ「赤い疑惑」で主役を演じ、大評判となる。
1976年、「横須賀ストーリー」が大ヒット。以降、阿木燿子・宇崎竜童夫妻の作品で新境地を開拓。
1977年、さだまさし作詞作曲の「秋桜(コスモス)」が大ヒット。
1978年、「プレイバックPART2」と谷村新司作詞作曲の「いい日旅立ち」が大ヒット。紅白歌合戦に至上最年少でのトリを努める。
1979年、俳優の三浦友和と交際発表。
1980年、引退、結婚を発表し、同年10月に日本武道館にて引退コンサートを開く。11月に結婚。
1982年、作詞家としてアン・ルイスに提供した「ラ・セゾン」がヒット。
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百恵さんの記念すべき、ザベストテン初ランク曲が「赤い絆」だったのですかー。しかもその第1回放送時がなんと皮肉にも11位で、あと一歩でベストテンに出演出来なかったとは!
でもこの「赤い絆」、レコード売り上げも他のシングル曲と比べると、かなり苦戦したようですね。同じ赤いシリーズドラマの主題歌で、1976年発表の「赤い衝撃」はレコード売上50万枚を超える大ヒットとなったのですが。このドラマでの恋人役はあの「ゴールデンコンビ」の三浦友和さんでなく、別の男優だった事も影響したのかも知れません…
と、そんな事書いたら、その男優さんが不愉快な思いをしてしまうかも。国広富之さん、スミマセン(苦笑)
コメント by t−m — 2007/11/28 水曜日 @ 22:30:40
ザ・ベストテン第一回目は残念ながら11位でした。
もう1週早く始まれば、きっと「秋桜」がランクインされていたことでしょう。
残念ですね。
「赤い絆」は、赤いシリーズの飽和期で、大きなヒットになりませんでしたね。
それに通常のシングルと違って企画色が強く、音楽番組ではザ・ベストテン以外では歌われなかった様な気がします。
コメント by ベストテンマニア:K — 2007/11/29 木曜日 @ 22:13:00